2022-01-01から1年間の記事一覧

ローゼンバーグ『科学哲学』がゲーデルの不完全性定理を理解していない件について

科学哲学―なぜ科学が哲学の問題になるのか (現代哲学への招待 Basics)作者:アレックス ローゼンバーグ春秋社Amazon 巷では「科学哲学の学部教育のスタンダードと言っても差し支えない本」と(出典は不明だが自分の備忘録にそうメモ)されているローゼンバー…

医学の要旨

ドイツ語は(今ちょうど近くに Hamburger Ausgabe を借りれそうな場所がないので)Project Gutenberg を、日本語訳は青空文庫の森鷗外訳を底本にし、訳注として高橋義孝『ファウスト集注 ゲーテ『ファウスト』第一部・第二部注解』と新潮文庫をメモしておい…

グロタンディーク「出版差止めの意向表明」

本文 出版差止めの意向表明 アレクサンドル・グロタンディークより 私が著したどんな作品も文章も、そしてその翻訳すべても、紙媒体であれ電子媒体であれどんな形式であれ、全文であれ抜粋であれ、科学的であったり私的であったりする文章からのものであれ、…

π=3

all-for-nothing.com 上の記事に書き忘れたこととして、『収穫と蒔いた種と』の第二部に「円積問題」という良い話が載っていることがありました。辻氏の訳には少し不明瞭な部分があるので、これも拙訳ですが紹介しておきます。 no 69(四月二十七日)十一、…

ビジュアル音声学 練習問題 解答例

ビジュアル音声学作者:川原 繁人三省堂Amazon 川原繁人. (2018). ビジュアル音声学. 三省堂. の練習問題に非公式の解答例を付けました。ただし、本文中の内容を読者が自ら再確認することそのものが求められている問題はすべて省略したので、逆に言うと以下で…

俺ら京都さ行くだ #1

前書き zeta-aniki.hatenablog.com に触発されたので、去年の秋に id:modif_q さんを訪ねて京都に旅行した際の思い出を書き記しておこうと思う。 経緯 ミルの言う「精神の危機」が当時の私たちに降り注がれていた。id:modif_q さん、Q-rad.heart、あるいは彼…

読書録:大塚淳『統計学を哲学する』

統計学を哲学する作者:大塚 淳名古屋大学出版会Amazon 非常に良い読書体験だった。ここ最近で読んだ本の中ではかなり面白い部類に入ったのはもちろん、かなり勉強になった部類にも入った。ただ、いくつかのメモをしておこう……と思ったのだが、読了後に色々と…

ヤスパース『精神病理学総論』が全巻オンラインで読めるようになる

all-for-nothing.com やランダウ・リフシッツに引き続き、古典的な名著がまたもや読めるようになるようです。 www.ndl.go.jp 上巻: https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2424097 中巻: https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2425175 下巻: https://dl.ndl.g…

負のエントロピー

生命とは何か-物理的にみた生細胞 (岩波文庫)作者:シュレーディンガー,岡 小天,鎮目 恭夫岩波書店Amazon なかなか面白かったのですが,今だったら『細胞の物理生物学』とかを読んでもよい気はします.ここでメモしておきたいのは「負のエントロピー」という…

ポリア「ある種の格子多角形の個数について」

訳者序 私がまだ高校一年生だったとき, 当時は中学生を担当していた私の恩師が, 道の数え上げに $q$ 二項係数が現れることを解説する課外授業を行うという告知を掲示板に貼っていたのを最近ふと思い出した. 老獪になった頭で久しぶりに色々考えて調べてみる…

感覚の文法

<私>のメタフィジックス作者:永井 均勁草書房Amazon 『〈私〉のメタフィジックス』は永井均のデビュー作であり、近年の主著である『世界の独在論的存在構造 哲学探究2』とはかなり雰囲気が異なっていて何だか可笑しい感じだった。ところで、最初に全然本筋…

holomorphic/meromorphic についての覚書

tetobourbaki.hatenablog.com id:tetobourbaki 氏のこの記事における主張を要約して注釈をつけておきます。 holomorphic はギリシア語の holos「全体」と morphe「形」からなる造語である。高木貞治『解析概論』によると、「正則関数」は holomorphic functi…

ブルバキ『数学原論』が全巻オンラインで読めるようになる

www.ndl.go.jp まだ始まってはいませんがやっと読めるようになったので、今のうちに全部まとめておきます。少し古めのフランス語圏の数学書や論文を読むと、すぐにブルバキを参照する必要が出てくるので本当に助かります。読むには「個人の登録利用者」の登…

読書録:秋葉忠利『数学書として憲法を読む』

数学書として憲法を読む: 前広島市長の憲法・天皇論作者:忠利, 秋葉法政大学出版局Amazon 経緯 Twitter で話題になっていたので早速図書館で借りてきて読んでみた。 ミルナー門下のトポロジストで元広島市長の秋葉忠利氏、こんな本も書いていたんですね。 ht…

読書録:木村大治『括弧の意味論』

括弧の意味論作者:木村大治NTT出版Amazon 図書館でふと見つけたので読んでみた。第一部は読んでいて普通に面白いが、第二部は「超越論的なんちゃってビリティ」に関する議論と、次に挙げる類型とその説明(これらはバラバラの位置に置かれているのでここ…

球周角の定理は成り立たない

「円周角の定理」と呼ばれる主張には $\forall P.\ \angle{AOB}=2\angle{APB}$ $\forall P\forall Q.\ \angle{APB}=\angle{AQB}$ の二通りがあって, 2 は 1 の系なので本質的には 1 が効いているわけですが, 「円周角」の well-defined 性を保証するという観…

There was a farmer (who) had a dog: 主格の関係代名詞は省略できるか?

「ビンゴの歌」という海外の童謡は日本でも有名ですが、その歌詞を調べると基本的には次のようなものが出てくると思います。 There was a farmer had a dog, and Bingo was his name-o. B-I-N-G-O B-I-N-G-O B-I-N-G-O And Bingo was his name-o. この There…

標数2の有限環の元の個数

今日ふと思い出しました.私の記憶違いでなければ,学部学生1年目に受けた◯先生(敢えて伏せ字)のある線形代数の講義の期末試験の1問目は,「1+1=0となる有限環の元の個数は2の冪であることを示せ」といったような感じの内容でした.なんとなく「お…

読書録:団藤重光『法学の基礎 第2版』

法学の基礎 第2版作者:団藤 重光有斐閣Amazon 少し前に刑法を勉強しておきたいなあと友人に言ってみると団藤重光『法学の基礎 第2版』を薦められたので、わずかばかりに出来た暇を使って読んでみることにした。その少し前に立ち読みしたときに非常に面白そう…

Furstenberg「素数の無限性について」

訳者序 2019-11-23 に「位相空間論による素数の無限性証明」という記事を書いたことがある*1のですが, 機会があって改めて見直してみるとやはり書き直す必要があることに気付いたので, せっかくですから10 年留保を使って Furstenberg, H. (1955). On the In…

漢数字と算用数字との誤用と混乱

前に日本語同好会で藤田浄秀, 座間正和. (2019). 漢数字と算用数字との誤用と混乱 -医学分野の論文・学術書における危機-. 横浜医学. 70(1), 83–92.について議論したので、思ったことをメモしておきます。 数詞には、順序を表す序数詞と、数量を表す基数詞…

純虚数の集合を表す記号

『獲得』*1の p. 113 には 集合 $\lbrace ti\mid t\in\R\rbrace$ を $\R i$ と表記しています. 以下同じ記号を断りなく用います. という注意があります. 私がこの記法に初めて出会ったのはたしか中三か高一かのときで, それはある友人が複素座標を解説する教…

KaTeX の数式内テキストのフォントを変更する

TeX

The letters listed above will render properly in any KaTeX rendering mode. In addition, Armenian, Brahmic, Georgian, Chinese, Japanese, and Korean glyphs are always accepted in text mode. However, these glyphs will be rendered from system …

ビジュアル音声学 図 3.2.3-2 の誤り

はじめに 2017 年度の大阪大学*1と京都大学*2の物理の入試問題において,音波に関する取り扱いが不適切であったことが判明し,それぞれに追加合格者が出たことはまだ記憶に新しいです.いずれも音波を変位波と扱うか密度波と扱うかを混同していることが原因…

デルブリュック「デオキシリボ核酸(DNA)の複製について」

訳者解説 分子生物学を学べば必ず「半保存的複製・保存的複製・分散的複製」の三つを知ることになるが,保存的複製はまだ理解する余地があっても,分散的複製は一体なぜそのような複雑怪奇なモデルが提唱されたのか皆目見当も付かないのではないだろうか.こ…

Huddleston & Pullum (2002) の誤り: Whoever’s idea it was to go on the first date.

youtu.be Interviewer: Who pays on the first date? 50 Cent: Whoever’s idea it was to go on the date. この文の非常に面白いところは、Huddleston & Pullum (2002) の p. 1075 の脚注に対する反例になっているということです。ただし free choice constr…

橋本進吉「表音的仮名遣は仮名遣にあらず」

前に『橋本進吉博士著作集』を電子化する計画を立ち上げたときに少し進めたのですが、今年の五月から国会図書館が www.ndl.go.jp という歴史的大偉業を成し遂げたので、橋本進吉博士著作集. 第3冊 (文字及び仮名遣の研究) - 国立国会図書館デジタルコレクシ…

最the高

四音の「勿論」の間に「の」を入れて「もちのろん」の五音にすることで語調を整える現象は古くから知られていますが、それを「最高」に適用した「最の高」を部分的に英語で言い換える「最of高」という表現が出てくるのもまた自然な話でしょう。この of を th…

曲面に沿って運動する質点の束縛条件

よくある話 『新・物理入門』には次のような記述があります。 固定されたなめらかな斜面(傾き $\theta$)を物体 $m$ がすべり落ちる例を考える……水平に $x$ 軸、鉛直下向きに $y$ 軸をとれば…… $m$ がつねに斜面上にあるということから $$y=x\tan\theta\qua…

理論物理への道標 問題 1.14 II への疑問

『理論物理への道標』問題 1.14 II の解答には疑問があります。 図 1 II 小物体 A が速さ $V$ で半径 $r$ の等速円運動をしている最初の状態で、端点 P に質量 $M$ のおもり B を吊るしたら、B は静止した。そこで、B をゆっくり $a$ ($\ll r$) だけ引き下げ…