読書録:木村大治『括弧の意味論』

括弧の意味論作者:木村大治NTT出版Amazon 図書館でふと見つけたので読んでみた。第一部は読んでいて普通に面白いが、第二部は「超越論的なんちゃってビリティ」に関する議論と、次に挙げる類型とその説明(これらはバラバラの位置に置かれているのでここ…

球周角の定理は成り立たない

「円周角の定理」と呼ばれる主張には $\forall P.\ \angle{AOB}=2\angle{APB}$ $\forall P\forall Q.\ \angle{APB}=\angle{AQB}$ の二通りがあって, 2 は 1 の系なので本質的には 1 が効いているわけですが, 「円周角」の well-defined 性を保証するという観…

There was a farmer (who) had a dog: 主格の関係代名詞は省略できるか?

「ビンゴの歌」という海外の童謡は日本でも有名ですが、その歌詞を調べると基本的には次のようなものが出てくると思います。 There was a farmer had a dog, and Bingo was his name-o. B-I-N-G-O B-I-N-G-O B-I-N-G-O And Bingo was his name-o. この There…

標数2の有限環の元の個数

今日ふと思い出しました.私の記憶違いでなければ,学部学生1年目に受けた◯先生(敢えて伏せ字)のある線形代数の講義の期末試験の1問目は,「1+1=0となる有限環の元の個数は2の冪であることを示せ」といったような感じの内容でした.なんとなく「お…

読書録:団藤重光『法学の基礎 第2版』

法学の基礎 第2版作者:団藤 重光有斐閣Amazon 少し前に刑法を勉強しておきたいなあと友人に言ってみると団藤重光『法学の基礎 第2版』を薦められたので、わずかばかりに出来た暇を使って読んでみることにした。その少し前に立ち読みしたときに非常に面白そう…

Furstenberg「素数の無限性について」

訳者序 2019-11-23 に「位相空間論による素数の無限性証明」という記事を書いたことがある*1のですが, 機会があって改めて見直してみるとやはり書き直す必要があることに気付いたので, せっかくですから10 年留保を使って Furstenberg, H. (1955). On the In…

漢数字と算用数字との誤用と混乱

前に日本語同好会で藤田浄秀, 座間正和. (2019). 漢数字と算用数字との誤用と混乱 -医学分野の論文・学術書における危機-. 横浜医学. 70(1), 83–92.について議論したので、思ったことをメモしておきます。 数詞には、順序を表す序数詞と、数量を表す基数詞…

純虚数の集合を表す記号

『獲得』*1の p. 113 には 集合 $\lbrace ti\mid t\in\R\rbrace$ を $\R i$ と表記しています. 以下同じ記号を断りなく用います. という注意があります. 私がこの記法に初めて出会ったのはたしか中三か高一かのときで, それはある友人が複素座標を解説する教…

KaTeX の数式内テキストのフォントを変更する

TeX

The letters listed above will render properly in any KaTeX rendering mode. In addition, Armenian, Brahmic, Georgian, Chinese, Japanese, and Korean glyphs are always accepted in text mode. However, these glyphs will be rendered from system …

ビジュアル音声学 図 3.2.3-2 の誤り

はじめに 2017 年度の大阪大学*1と京都大学*2の物理の入試問題において,音波に関する取り扱いが不適切であったことが判明し,それぞれに追加合格者が出たことはまだ記憶に新しいです.いずれも音波を変位波と扱うか密度波と扱うかを混同していることが原因…

デルブリュック「デオキシリボ核酸(DNA)の複製について」

訳者解説 分子生物学を学べば必ず「半保存的複製・保存的複製・分散的複製」の三つを知ることになるが,保存的複製はまだ理解する余地があっても,分散的複製は一体なぜそのような複雑怪奇なモデルが提唱されたのか皆目見当も付かないのではないだろうか.こ…

Huddleston & Pullum (2002) の誤り: Whoever’s idea it was to go on the first date.

youtu.be Interviewer: Who pays on the first date? 50 Cent: Whoever’s idea it was to go on the date. この文の非常に面白いところは、Huddleston & Pullum (2002) の p. 1075 の脚注に対する反例になっているということです。ただし free choice constr…

橋本進吉「表音的仮名遣は仮名遣にあらず」

前に『橋本進吉博士著作集』を電子化する計画を立ち上げたときに少し進めたのですが、今年の五月から国会図書館が www.ndl.go.jp という歴史的大偉業を成し遂げたので、橋本進吉博士著作集. 第3冊 (文字及び仮名遣の研究) - 国立国会図書館デジタルコレクシ…

最the高

四音の「勿論」の間に「の」を入れて「もちのろん」の五音にすることで語調を整える現象は古くから知られていますが、それを「最高」に適用した「最の高」を部分的に英語で言い換える「最of高」という表現が出てくるのもまた自然な話でしょう。この of を th…

曲面に沿って運動する質点の束縛条件

よくある話 『新・物理入門』には次のような記述があります。 固定されたなめらかな斜面(傾き $\theta$)を物体 $m$ がすべり落ちる例を考える……水平に $x$ 軸、鉛直下向きに $y$ 軸をとれば…… $m$ がつねに斜面上にあるということから $$y=x\tan\theta\qua…

理論物理への道標 問題 1.14 II への疑問

『理論物理への道標』問題 1.14 II の解答には疑問があります。 図 1 II 小物体 A が速さ $V$ で半径 $r$ の等速円運動をしている最初の状態で、端点 P に質量 $M$ のおもり B を吊るしたら、B は静止した。そこで、B をゆっくり $a$ ($\ll r$) だけ引き下げ…

理論物理への道標 問題 1.1 (3) の誤り

『理論物理への道標』問題 1.1 (3) の解答には誤りがあります。 問題 1.1 地上から高さ $h_0$ のところから人が初速 $0$ で落下を開始し、高さが $\dfrac{1}{2}h_0$ になったとき、身につけていたパラシュートを開き、最後には、落下の速さが高さ $\dfrac{1}…

Twitter 読点主題構文

Twitter は文字数を 140 字に制限する不自由さを課すことによって、俳句や短歌のように、却って豊かな言語活動を生み出すに至ったと言えるでしょう。かなり前にこういう考察を書きました: all-for-nothing.com 「偉いので X した」構文はおそらく知名度が極…

Leipzig.js: ブラウザ上で言語学のグロスを実装する

ブラウザ上で言語学のグロスを実装するのは困難でしたが、Leipzig.js のおかげで非常に簡単に美しく表示できるようになりました。名前の由来はもちろん Leipzig Glossing Rules と JavaScript の拡張子 .js です。 Die Umgangssprache ist ein Teil des mens…

誑かしと戸惑い

そういう議論をするなかで、圏論の概念(私はほんの少ししか知らないが)は美しく、認知科学のモデルにも利用できたら面白そうだが、安易に利用できるとは言えない、という実感を持った。一方で、圏論を用いた認知の研究を研究会等で発表すると、近年の圏論…

sec, cosec, cot, crd, versin, haversin, exsec, ...

そのi鋭角の一方が $\theta$ である直角三角形i*1はすべて相似なので, 斜辺・対辺・隣辺のうち二つの辺の比は $\theta$ の関数として well-defined であり, その選び方は ${} _ {3}\mathrm{P} _ {2}=6$ 通りで $\sin$, $\cos$, $\tan$ の他に $\sec$, $\cose…

www の有無に関わらずアクセスできるようになりました

はてなブログが 2020/04/23 までサブドメインを付けることを要求していたことの名残りで、本日まで www.all-for-nothing.com だけでしか本ブログにアクセスできず、all-for-nothing.com からのリダイレクトを設定するのは面倒くさがっていました。 一般に「…

英文解体新書2 5.5 例題4 への補足: 相関型関係節構造

時間と懐にあまり余裕がなかったので遅くなってしまったのですが、ようやく北村 (2021) を買うことになりました。個人的な感想としては、ツイートですでに読んだことのある事項や文が多かったのですが、何と言ってもこのような本が一般書として売られたとい…

道管と師管の覚え方

維管束植物は全植物種の約 93 % を含み、単一のクレードを形成しますが、維管束を構成する木部と師部のどっちがどっち側にあるのか忘れがちなので思い出し方をメモしておきます。 まず非常に重要なポイントとして、「師部」はもともと「篩部」と書かれていた…

「進化」の対義語は?

当たり前ですが「進化」の対義語は「退化」ではありません。退化も進化だからです。 detail.chiebukuro.yahoo.co.jp どこにもそう書かれていないので不安だったのですが、生物屋の方々に聞いてみて確信を得たので述べますと、正解は「Hardy-Weinberg 平衡」…

EGA: 代数幾何学原論

代数幾何学原論 A. GROTHENDIECK J. DIEUDONNÉ との共同執筆 序文 Oscar Zariski と André Weil へ 本論文とそれに続く多くの論文は, 代数幾何学の基礎に関する概論となることを意図している. 原則としてこの分野に関する特別な知識を何ら前提にせず, またそ…

フランス語における parallelism

高一の頃に書いたメモが見つかったので本質的な部分だけ紹介します。ボードリヤール『消費社会の神話と構造』の冒頭一文目です。 Il y a aujourd’hui tout autour de nous une espèce d’évidence fantastique de la consommation et de l’abondance, constit…

逆像が像より自然な理由

卑近な例 逆像が像より自然な概念であるという話をしようとすると、多くの人は受験数学の悪しき業界用語「順像法・逆像法」に関する話だと受け止めてしまうようなので、少しだけ啓蒙的な話をしてみましょう。 写像 $f\colon X\to Y$ による $A\subset X$ の…

IOL 2014-1 ベナベナ語

はじめに Twitter で次のツイートが話題になっていました。 この記事では「地頭など要らない」と主張するために、どのような手法で言語学オリンピックの問題を解いていくのかわかりやすく書いておきます。 言オリ、地頭があれば解けるかもしれないけどプロ達…

読書録:『生物学の哲学入門』『精神医学の科学哲学』

生物学の哲学入門作者:良太, 森元,泉吏, 田中勁草書房Amazon 精神医学の科学哲学作者:レイチェル・クーパー名古屋大学出版会Amazon 感想 どちらも図書館で借りて延滞せずに読めそうなトピックと厚さだと思ったので、ささっと読んでしまった(本業がそろそろ…