そろそろ高校範囲を超えた記号がガンガン出てくるようになります. 馴染みのある確率空間に入るまでのエグさもしんどさも激しいのですが, ここで躓くと確率の基本的性質が何も示せなくなります. まずは前回の復習から始めましょう.
$\Omega$ を任意の集合とし, $\Omega$ の部分集合の族で $\sigma$ 加法族になっているものを $A$, $B$ とする. このとき次に答えよ.
1. $A\cap B$ はまた $\sigma$ 加法族になることを示せ.
2. $A\cup B$ は必ずしも $\sigma$ 加法族にならないことを反例をもって示せ.
(ヒント: $\Omega=\lbrace 1,2,3,4,5\rbrace$ として考えてみよ.)
(1. は生成系の証明で暗に用いているので必ず考えさせる. 2. はまあなんでもいいです)
どの相異なる2つをとっても共通する元がないような (=非交差的な) 集合族 $\lbrace A _ {\lambda} \rbrace _ {\lambda\in\Lambda}$ の和集合を直和といい, $\displaystyle\bigsqcup _ {\lambda\in\Lambda} A_{\lambda}$ で表す.
可測空間 $(S,\mathcal{M})$ に対し, $A_n\in\mathcal{M}$ が非交差的ならば$$\mu\left(\bigsqcup _ {n=1} ^ {\infty} A_n\right)=\sum _ {n=1} ^ {\infty} \mu(A _ n)$$となる $\mu\colon\mathcal{M}\to[0,\infty]$ を測度という. 可測空間とその上の測度の組を測度空間という.
$E\subset S$ に対し, その元の個数を $\mu(E)$ とおくと, $\mu$ は $(S, \mathcal{P}(S))$ 上の測度になる.
$s\in S$ を固定し, $s\in E$ のとき $\mu _ s(E)=1$, $s\notin E$ のとき $\mu _ s (E)=0$ と定めるとこれは測度であり, $s$ における Dirac 測度という.
上2つが測度になっているか確かめてみましょう.
測度空間 $(S,\mathcal{M},\mu)$ について次が成り立つ.
【有限加法性】$A_1,\dots,A_n\in\mathcal{M}$ が非交差的ならば$$\mu\left(\bigsqcup _ {i=1} ^ {n} A_i\right)=\sum _ {i=1} ^ {n} \mu(A _ i)$$
【単調性】$A_1, A_2\in\mathcal{M}$ について $A_1\subset A_2$ ならば $\mu(A_1)\leqq\mu(A_2)$.
【劣加法性】$A_n\in\mathcal{M}\,(n\in\mathbb{N})$ について$$\mu\left(\bigcup _ {n=1} ^ {\infty} A_n\right)\leqq\sum _ {n=1} ^ {\infty} \mu(A _ n)$$
【上方連続性】$A_1\subset A_2\subset\cdots$ なる $A_n\in\mathcal{M}\,(n\in\mathbb{N})$ に対し$$\lim_{n\to\infty}\,\mu(A_n)=\mu\left(\bigcup _ {n=1} ^ {\infty} A_n\right)$$
【下方連続性】$A_1\supset A_2\supset\cdots$ かつ $\mu(A_1)\lt\infty$ なる $A_n\in\mathcal{M}\,(n\in\mathbb{N})$ に対し$$\lim_{n\to\infty}\,\mu(A_n)=\mu\left(\bigcap _ {n=1} ^ {\infty} A_n\right)$$
$E\subset F\,(E,F\in\mathcal{M}),\mu(F)\lt\infty\implies\mu(F\setminus E)=\mu(F)-\mu(E)$.
ド・モルガンの法則と演習2.12を用いて下方連続性を示せ.
測度の性質がいろいろと分かったのは嬉しいが, 値域は $[0,\infty]$ だったので, 無限大も入りえます. だから, (数学ではよくやることなのですが) 有限性を持つクラスに名前をつけときます. そして, 完璧な有限性でなくても, 有限っぽいやつにも名前をつけときましょう.
測度空間 $(S,\mathcal{M},\mu)$ について, 測度 $\mu$ が $\mu(S)\lt\infty$ を満たすとき, $\mu$ は有限測度であるという.
また, $\mu(A_n)\lt\infty$ であるような $A_n\in\mathcal{M}\,(n\in\mathbb{N})$ で, $$S=\bigcup_{n=1}^{\infty}\,A_n$$と書けるとき, $\mu$ は $\sigma$ 有限測度であるという.
また, 測度論において測度 $0$ の集合とはいわば「カス」です. そのことを言い表す言葉を紹介しておきましょう.
$\mu(N)=0$ なる $N\in\mathcal{M}$ を $\mu$ 零集合 という.
空集合ならば零集合であるが, 零集合ならば空集合であるとは限らない.
前者は測度の定義ですが, 後者はまた後日タップリとご堪能できるので今は勘弁してください. とりあえず「集合にものさしを入れたら, いくつかのカスは消えちゃうんだな」でいいです.
$Y\subset X$ とし, $P(x)$ を $x\in Y$ に関する命題とする. ある零集合 $N$ が存在して, 任意の $x\in Y\setminus N$ に対して $P(x)$ が成り立つとき, $P(x)$ は ほとんどすべての (almost every) $x\in Y$ に対して, または $Y$ 上 ほとんどいたるところ (almost everywhere) 成り立つといい, $P(x)\,\mathrm{a.e.}\,x\in Y$ と書く.
これでようやく確率を定義することができます.
$P(\Omega)=1$ である測度空間 $(\Omega, \mathcal{F}, P)$ を確率空間という.
つまり, 確率とは全測度 $1$ の測度 である, というのが現代的な立脚点なわけです.
(命題2.16をちゃんと扱っていないので具体的に納得できるのはまだ先だが, 理論上は全く帰結できないということが大事.)
こうおけば $P_0$ も自動的に定まります.
たとえば一般的なコイントスをイメージするのが普通です.
この答え合わせは今度やるとして, わざわざ「有限回」とつけたのはなぜでしょうか? それは「無限回のコイン投げ」というものを考えるのは素朴なことではないからです. 他にもたとえば「線分上の一点をランダムに選ぶ」とか「水面上のランダムな運動」とか, そういうのってどう定義すればいいんでしょうか?
ルイス・キャロルは『不思議の国のアリス』*1という本を書いた数学教師でしたが, 彼は寝るときに考えた問題をまとめて出版しています. いくつか覗いてみましょう. 彼の付した回答を要約して載せておきます.
これらの回答は大変巧妙ですが, 残念ながらナンセンスです. ぜひ考えておいてください.
復習すべきこと
- 集合の直和
- 測度
- 零集合
- a.e.
- 確率空間
- a.s.
- 標本と事象
- Bernoulli 型の確率空間
演習
- 宿題2.22と問題2.23, 2.24, 2.25 について考えてみる.
- 自明な確率空間 (例2.20) の確率測度を定義に基づいて定めてみる.
*1:Charles L. D. (1893). Pillow Problems. Macmillan and Co.