確率・統計 §2. 確率空間

そろそろ高校範囲を超えた記号がガンガン出てくるようになります. 馴染みのある確率空間に入るまでのエグさもしんどさも激しいのですが, ここで躓くと確率の基本的性質が何も示せなくなります. まずは前回の復習から始めましょう.

H6 お茶大 8

$\Omega$ を任意の集合とし, $\Omega$ の部分集合の族で $\sigma$ 加法族になっているものを $A$, $B$ とする. このとき次に答えよ.

1. $A\cap B$ はまた $\sigma$ 加法族になることを示せ.

2. $A\cup B$ は必ずしも $\sigma$ 加法族にならないことを反例をもって示せ.

(ヒント: $\Omega=\lbrace 1,2,3,4,5\rbrace$ として考えてみよ.)

(1. は生成系の証明で暗に用いているので必ず考えさせる. 2. はまあなんでもいいです)


定義2.8 (集合の直和)

どの相異なる2つをとっても共通する元がないような (=非交差的な) 集合族 $\lbrace A _ {\lambda} \rbrace _ {\lambda\in\Lambda}$ の和集合を直和といい, $\displaystyle\bigsqcup _ {\lambda\in\Lambda} A_{\lambda}$ で表す.

定義2.9 (測度)

可測空間 $(S,\mathcal{M})$ に対し, $A_n\in\mathcal{M}$ が非交差的ならば$$\mu\left(\bigsqcup _ {n=1} ^ {\infty} A_n\right)=\sum _ {n=1} ^ {\infty} \mu(A _ n)$$となる $\mu\colon\mathcal{M}\to[0,\infty]$ を測度という. 可測空間とその上の測度の組を測度空間という.

注. 定義より明らかに $\mu(\varnothing)=0$ である.
注. 上の式が成り立つという性質を $\sigma$ 加法性, 完全加法性, 可算加法性という. また, $M$ が $\sigma$ 加法族でなくとも, $\bigsqcup A_n \in\mathcal{M}$ のとき ($\star$) が成り立つ場合は同様に $\sigma$ 加法性ということにする.
例2.10

$E\subset S$ に対し, その元の個数を $\mu(E)$ とおくと, $\mu$ は $(S, \mathcal{P}(S))$ 上の測度になる.

例2.11 (Dirac 測度)

$s\in S$ を固定し, $s\in E$ のとき $\mu _ s(E)=1$, $s\notin E$ のとき $\mu _ s (E)=0$ と定めるとこれは測度であり, $s$ における Dirac 測度という.

上2つが測度になっているか確かめてみましょう.

演習2.12

測度空間 $(S,\mathcal{M},\mu)$ について次が成り立つ.

【有限加法性】$A_1,\dots,A_n\in\mathcal{M}$ が非交差的ならば$$\mu\left(\bigsqcup _ {i=1} ^ {n} A_i\right)=\sum _ {i=1} ^ {n} \mu(A _ i)$$

【単調性】$A_1, A_2\in\mathcal{M}$ について $A_1\subset A_2$ ならば $\mu(A_1)\leqq\mu(A_2)$.

【劣加法性】$A_n\in\mathcal{M}\,(n\in\mathbb{N})$ について$$\mu\left(\bigcup _ {n=1} ^ {\infty} A_n\right)\leqq\sum _ {n=1} ^ {\infty} \mu(A _ n)$$

【上方連続性】$A_1\subset A_2\subset\cdots$ なる $A_n\in\mathcal{M}\,(n\in\mathbb{N})$ に対し$$\lim_{n\to\infty}\,\mu(A_n)=\mu\left(\bigcup _ {n=1} ^ {\infty} A_n\right)$$

【下方連続性】$A_1\supset A_2\supset\cdots$ かつ $\mu(A_1)\lt\infty$ なる $A_n\in\mathcal{M}\,(n\in\mathbb{N})$ に対し$$\lim_{n\to\infty}\,\mu(A_n)=\mu\left(\bigcap _ {n=1} ^ {\infty} A_n\right)$$

有限加法性. 当たり前. $n$ より先で空集合として, $\mu(\varnothing)=0$ だったのでよい.
単調性. 少しテクニカル. $A_1\subset A_2$ だったのでムリヤリ $A_2=(A_2\setminus A_1)\sqcup A_1$ と分解すれば $\mu(A_2)=\mu(A_2\setminus A_1)+\mu(A_1)$ で, 測度は $[0,\infty]$ と値域とするので, $\mu(A_2\setminus A_1)\geqq 0$. よって $\mu(A_2)\geqq\mu(A_1)$.
劣加法性. 割とテクニカル. $A_1=B_1$, $\displaystyle A_n\setminus\bigcup_{i=1}^{n-1}\,A_i=B_n\quad(n\geqq2)$ と $B_n$ を定める. このとき, 任意の $n\in\mathbb{N}$ に対して $B_n\in\mathcal{M}$ かつ $B_n\subset A_n$ であり, $\lbrace B_n \rbrace$ は非交差的であって, $\displaystyle \bigcup_{n=1}^{\infty}\,A_n=\bigsqcup_{n=1}^{\infty}\,B_n$. よって, $$\mu\left(\bigcup _ {n=1} ^ {\infty} A_n\right)=\mu\left(\bigsqcup _ {n=1} ^ {\infty} B_n\right)=\sum_{n=1}^{\infty}\,\mu(B_n)\leqq\sum _ {n=1} ^ {\infty} \mu(A _ n)$$ f:id:all_for_nothing:20190829083919p:plain
上方連続性. $A_1\subset A_2\subset\cdots$ ならば $\displaystyle A_n=\bigsqcup_{i=1}^n\,B_i$ だから$$\lim_{n\to\infty}\,\mu(A_n)=\sum_{i=1}^{\infty}\,\mu(B_i)=\mu\left(\bigsqcup_{n=1}^{\infty}\,B_n\right)=\mu\left(\bigcup_{n=1}^{\infty}\,A_n\right)$$
演習2.12

$E\subset F\,(E,F\in\mathcal{M}),\mu(F)\lt\infty\implies\mu(F\setminus E)=\mu(F)-\mu(E)$.

演習2.13

ド・モルガンの法則と演習2.12を用いて下方連続性を示せ.

測度の性質がいろいろと分かったのは嬉しいが, 値域は $[0,\infty]$ だったので, 無限大も入りえます. だから, (数学ではよくやることなのですが) 有限性を持つクラスに名前をつけときます. そして, 完璧な有限性でなくても, 有限っぽいやつにも名前をつけときましょう.

定義2.14 (有限測度)

測度空間 $(S,\mathcal{M},\mu)$ について, 測度 $\mu$ が $\mu(S)\lt\infty$ を満たすとき, $\mu$ は有限測度であるという.

また, $\mu(A_n)\lt\infty$ であるような $A_n\in\mathcal{M}\,(n\in\mathbb{N})$ で, $$S=\bigcup_{n=1}^{\infty}\,A_n$$と書けるとき, $\mu$ は $\sigma$ 有限測度であるという.

また, 測度論において測度 $0$ の集合とはいわば「カス」です. そのことを言い表す言葉を紹介しておきましょう.

定義2.15 (零集合)

$\mu(N)=0$ なる $N\in\mathcal{M}$ を $\mu$ 零集合 という.

注. 誤解のない限り単に「零集合」という.
注. 測度 $0$ の可測集合の (可測とは限らない) 部分集合を零集合と呼ぶ流儀もあるので注意.
命題2.16

空集合ならば零集合であるが, 零集合ならば空集合であるとは限らない.

前者は測度の定義ですが, 後者はまた後日タップリとご堪能できるので今は勘弁してください. とりあえず「集合にものさしを入れたら, いくつかのカスは消えちゃうんだな」でいいです.

定義2.17 (almost everywhere)

$Y\subset X$ とし, $P(x)$ を $x\in Y$ に関する命題とする. ある零集合 $N$ が存在して, 任意の $x\in Y\setminus N$ に対して $P(x)$ が成り立つとき, $P(x)$ は ほとんどすべての (almost every) $x\in Y$ に対して, または $Y$ 上 ほとんどいたるところ (almost everywhere) 成り立つといい, $P(x)\,\mathrm{a.e.}\,x\in Y$ と書く.


これでようやく確率を定義することができます.

定義2.18 (確率空間)

$P(\Omega)=1$ である測度空間 $(\Omega, \mathcal{F}, P)$ を確率空間という.

注. $P$ を確率測度あるいは単に確率, $\mathcal{F}$ の元を事象, $A\in\mathcal{F}$ に対し $P(A)$ を事象 $A$ の確率, $\Omega$ を全事象, $\varnothing$ を空事象という. また, $\Omega$ を標本空間ということもあり, その場合は $\Omega$ の元を標本 (点) という.

つまり, 確率とは全測度 $1$ の測度 である, というのが現代的な立脚点なわけです.

演習2.19 (almost surely) 「事象 $A$ の確率が $1$ であるとき $A$ は必ず起こるし, 事象 $B$ の確率が $0$ であるとき $B$ は必ず起こらないよ」というのは適切か?

(命題2.16をちゃんと扱っていないので具体的に納得できるのはまだ先だが, 理論上は全く帰結できないということが大事.)

注. $P(A)=1\nRightarrow A=\Omega$ であるし, $P(B)=0\nRightarrow B=\varnothing$ である. なので, $P(A)=1$ となるとき $A$ は, ほとんど確実に (almost surely, a.s.) 起きるという.
演習2.19 (標本と事象) 標本と事象の違いを説明せよ. たとえば「標本の確率」を求めることはできるか?
例2.20 (自明な確率空間) $\mathcal{F}_0=\lbrace 0, \Omega\rbrace$ としたときの $(\Omega, \mathcal{F}_0, P_0)$

こうおけば $P_0$ も自動的に定まります.

例2.21 (Bernoulli 型の確率空間) $\varnothing\subsetneqq {}^{\exists}A\subsetneqq \Omega$ なら $\mathcal{F}_1=\lbrace 0,A,A^{\complement},\Omega\rbrace$ は $\sigma$ 加法族である. $P_1(A)=p\in[0,1]$ とすれば $P_1$ は確率測度である. この三つ組 $(\Omega, \mathcal{F}_1, P_1)$ を Bernoulli 型の確率空間といい, $\mathcal{F}_1$ で記述されるような事象を Bernoulli 型の事象という.

たとえば一般的なコイントスをイメージするのが普通です.

宿題2.22 (公平な) 有限回のサイコロ投げを確率空間でモデル化してみましょう.

この答え合わせは今度やるとして, わざわざ「有限回」とつけたのはなぜでしょうか? それは「無限回のコイン投げ」というものを考えるのは素朴なことではないからです. 他にもたとえば「線分上の一点をランダムに選ぶ」とか「水面上のランダムな運動」とか, そういうのってどう定義すればいいんでしょうか?

ルイス・キャロルは『不思議の国のアリス』*1という本を書いた数学教師でしたが, 彼は寝るときに考えた問題をまとめて出版しています. いくつか覗いてみましょう. 彼の付した回答を要約して載せておきます.

問題2.23 (Q.45) If an infinite number of rods be broken : find the chance that one at least is broken in the middle.
回答. $n$ を奇数とする. それぞれの棒を, $n$分点でのみ折れて, 折れやすさはどこも等しいとする. このとき, ある棒が真ん中以外で折れる確率は $1-\dfrac{1}{n}$ であるから, $n$ 本全部が真ん中以外で折れる確率は $\left(1-\dfrac{1}{n}\right)^n$ である. $n\to\infty$ で $\dfrac{1}{e}$ なので, 少なくとも 1 本は真ん中で折れる確率は $1-\dfrac{1}{e}$ である.
問題2.24 (Q.58) Three Points are taken at random on an infinite Plane. Find the chance of their being the vertices of an obtuse-angled Triangle.
回答. 出来た三角形で一番長い辺を $AB$ とし, 下の図を考える. f:id:all_for_nothing:20190829135022p:plain 半円の内部にあれば鈍角で半円の外にあれば鋭角なので, あとは中学受験の算数の要領で面積比が$$\frac{3}{8-\dfrac{6\sqrt{3}}{\pi}}$$であることがわかる.
問題2.25 (Q.72) A bag contains 2 counters, as to which nothing is known except that each is either black or white. Ascertain their colours without taking them out of the bag.
回答. f:id:all_for_nothing:20190829134040p:plain

これらの回答は大変巧妙ですが, 残念ながらナンセンスです. ぜひ考えておいてください.


復習すべきこと

  • 集合の直和
  • 測度
  • 零集合
  • a.e.
  • 確率空間
  • a.s.
  • 標本と事象
  • Bernoulli 型の確率空間

演習

  • 宿題2.22と問題2.23, 2.24, 2.25 について考えてみる.
  • 自明な確率空間 (例2.20) の確率測度を定義に基づいて定めてみる.

*1:Charles L. D. (1893). Pillow Problems. Macmillan and Co.