フランス語における parallelism

高一の頃に書いたメモが見つかったので本質的な部分だけ紹介します。ボードリヤール『消費社会の神話と構造』の冒頭一文目です。

Il y a aujourd’hui tout autour de nous une espèce d’évidence fantastique de la consommation et de l’abondance, constituée par la multiplication des objets, des services, des biens matériels, et qui constitue une sorte de mutation fondamentale dans l’écologie de l’espèce humaine.

  1. de l’abondance はどの部分と等位でしょう?
  2. qui ... はどの部分と等位でしょう?

前者について。可能性としては de nous, d’évidence, de la consommation の三つがありますが、de nous だったら une espèce の前に置くはずなので無理です。ここで une espèce de +無冠詞名詞「一種の…」であったことを考えると d’évidence は無理です。というわけで無事に de la consommation と等位です。

後者について。順当に考えると la multiplication にかかるように見えますが、ここは動詞の名詞化であり des objets, …, des biens matériels が主語であることを考えると、qui ではなく et qui になっているのは変です。constitue が一人称単数か三人称単数でしか用いられないことから、une espèce d’évidence fantastique にかかることがわかります。ちなみに、この et は結果の et です(英仏語話者のカナダ人の先生に当時聞いてみましたが正しいとのことでした)。

ただ、これでは過去分詞と関係詞が並列して同じ名詞を修飾していることになるので、英語の極めて強い parallelism の意識には合いません。というわけで英訳は過去分詞の方を関係詞に書き換えて訳しているのです。

There is all around us today a kind of fantastic evidence of consumption and abundance, which is constituted by the multiplication of objects, services and material goods, and which constitutes a sort of fundamental mutation in the ecology of the human species.