holomorphic/meromorphic についての覚書

tetobourbaki.hatenablog.com

id:tetobourbaki 氏のこの記事における主張を要約して注釈をつけておきます。

  • holomorphic はギリシア語の holos「全体」と morphe「形」からなる造語である。高木貞治『解析概論』によると、「正則関数」は holomorphic function ではなく regular (analytic) function の訳語である。単に一点で Taylor 展開できることを表すなら analytic で充分なので、holomorphic function は考えている領域全体で Taylor 展開できることを強調する用語と解釈できる。

高木解析の記述は p. 231 にありますが、著作権はすでに切れているので自由に読むことができます。

linesegment.web.fc2.com

複素數平面上ノ或ル領域 $K$ ノ各點ニ於テ微分可能ナル函數ヲ $K$ ニ於テ正則ナル解析函數トイフ.或ハ略シテ單ニ正則トモイフ.

形容詞「解析」(analytic)ハ,ムシロ全局的ノ意味ニ於テ用ヰラレル.局所的ニハ簡便ニ正則(regular)トイフ.ふらんす系デハ整型(holomorphe)トモイフ.

  • meromorphic の meros は、生物学などでもそうであるらしいように「部分」の意味であることは間違いないであろう。実際、meromorphic function は孤立特異点以外では Taylor 展開でき、さらにその孤立特異点が極であるものであった。meromorphic を「有理型」と訳すことや meros を「比」と解釈することには、複素平面上で meromorphic function が holomorphic function の商で書けるという性質に「有理関数」を類比させる共通認識があると考えられるが、この性質は基本的ではあるがそれほど簡単ではない。Riemann 球面上の有理型関数は複素平面上で有理関数でもあるので、有理関数と有利型関数が混同されるという教育上の欠点もある。

meros について古川晴風『ギリシャ語辞典』の p. 707 を参照しておきましょう。

μέροσ……①部分,一部,分け前……②(順番)……③参加,加入,加担.④(迂言的に) τοὐμὸν μέρος = ἐγώ, ἐμέ, (adv. 的に) 私としては……

しかし、数学的に meros が何を意味しているのかについては、enwp - Holomorphic function は次のように解説しています。

The term holomorphic was introduced in 1875 by Charles Briot and Jean-Claude Bouquet, two of Augustin-Louis Cauchy's students, and derives from the Greek ὅλος (hólos) meaning "whole", and μορφή (morph) meaning "form" or "appearance" or "type", in contrast to the term meromorphic derived from μέρος (méros) meaning "part". A holomorphic function resembles an entire function ("whole") in a domain of the complex plane while a meromorphic function (defined to mean holomorphic except at certain isolated poles), resembles a rational fraction ("part") of entire functions in a domain of the complex plane. Cauchy had instead used the term synectic.

Today, the term "holomorphic function" is sometimes preferred to "analytic function". An important result in complex analysis is that every holomorphic function is complex analytic, a fact that does not follow obviously from the definitions. The term "analytic" is however also in wide use.

ところで「専門用語の辞書によると、生物学などの専門用語で meros を使う場合も「部分」の意味らしい」というのは、たとえば hologamy と merogamy の対立とかを踏まえているのでしょうか。とりあえず『岩波生物学辞典 第 5 版』から:

ホロガミー 原生生物の合体において,1個体が分裂することなくそのまま配偶子として行動する現象……

メロガミー メロガメート(merogamete)の合体をいう.ホロガミーと対する.原生生物の合体に関与する配偶子が,通常の個体の分裂によって生じ,したがって前者に比べて著しく小さい点などで区別される場合に,この配偶子をメロガメートという.

  • 岩波基礎講座では「整型」と「有理型」が、中国語では「全純」と「亜純」が使われている。

ハーツホーン『代数幾何学 2』p. 108:

注意 11.1.2 ……形式正則函数(formal-regular functions)(また整型函数(holomorphic functions)とも呼ばれる)の環である……

  • holomorphic は「全体」、meromorphic は「部分」という定義と直結した用語を採用することが教育的にも必要であろう。「整型」は採用し、「有理型」を「亜整型」などの他の用語にするか「亜純」を採用するかでよいと思われる。

コメント欄の意見は次の通りです。

  • 「整型」と「分型」もよいのではないか。
  • しかし「整型関数」は「整関数」と紛らわしいので、「正則関数」のままでもよいかもしれない。

私の意見は次の通りです。

  • そもそも μορφή 系統の語には「形」を、τύπος 系統の語には「型」を充てるのが良い気がします。
    • 斎藤毅先生も 2007 年 12 月「UP」で次のように述べており、実際に『数学原論』では「正則」と「有理形」になっています。

      「線形」か「線型」かという話もあった。前はみな「線型」と書いていたのが、いつの間にか「線形」が標準になった。私も旧世代に属すことになったようで、「線形」と書くのには抵抗があった。編集の方に、「線型」では古めかしい感じがして売れませんといわれてしまったので、「線形」に転向した。
      「線形」にすることに決めて、去年の講義をした。黒板に「線形」と何度も書いていると、「線型」よりほんのわずかだが早く書けることに気がついた。それで、最近は完全に「線形」派になった。そうなると、「同型」も「同形」と書きたくなった。日本数学会編集の「数学辞典」第三版を調べてみると、もう「同形」派になっている。ならば「同形」が標準なのかと思ったら、今年出た第四版では、「同型」に戻った。どうなっているのかわからない。

    • 『キャンベル生物学 原書 11 版』の p. 696 も同様です。

      ゴヘイコンブの生活環では胞子体と配偶体が形態的に異なるため,その世代交代は異形 heteromorphic とよばれる.それに対して別の藻類では(アオサなど),胞子体と配偶体は染色体数が異なるものの形態的によく似ており,同形 isomorphic の世代交代を行う.

  • 「有理形」は「meromorphic の訳としては全くダメ」と言いうる余地があるかもしれないが、別に「有理形関数」は meromorphic function の訳語として定義されているわけではなく、その場合には日本語における有理形関数と英語における meromorphic funciton に正準的な対応関係が存在するだけにすぎないのではないでしょうか。
    • 政治的主張として極めて正しいということはよく理解できますが、それと同時に、コンテクストを離れて学問体系の内部だけで考慮されるべき術語の策定という観点ではあまりよく意味がわからない主張になっているように見えます。
    • enwp はそもそもその説を採っていません。
  • holomorphic function を「整形関数」、regular (analytic) functionを「正則(解析)関数」と訳し分けるということには賛成です。
  • meromorphic function を「分形関数」とするのはなかなか良いアイデアだと思いますが、現時点であまりにも市民権がなさすぎることと、「有理形関数」がかなり良い訳語であることから断念すべきかなとは思います。