IMO 2018-2 の密かな修正

問題

問題 2. $3$ 以上の整数 $n$ で, 次の条件をみたす $n+2$ 個の実数 $a_1, a_2, \dots, a_{n+2}$ が存在するものをすべて求めよ.

  • $a _ {n+1}=a _ 1$, $a _ {n+2}=a _ 2$
  • $i=1,2,\dots,n$ に対して, $a _ i a _ {i+1} + 1 = a _ {i+2}$

解答

旧解答

2018 年に数学オリンピック財団が付した解答は次の通りです。ただし、順序付きリストは引用者が便宜的に振りました:

【2】 $n$ は任意の $3$ の倍数である.

証明 $a _ 1=-1$, $a _ 2=-1$, $a _ 3=2$,… , $a _ {n-2}=-1$, $a _ {n-1}=-1$, $a _ n=2$, $a _ {n+1}=-1$, $a _ {n+2}=-1$ なる列は条件をみたすから, 任意の $3$ の倍数 $n$ は条件をみたす.

次に, $a _ 1$, $a _ 2$, $a _ 3$,… , $a _ {n+1}$, $a _ {n+2}$ が条件をみたすとすると, $a _ {n+1}=a _ 1$, $a _ {n+2}=a _ 2$ だから, この数列を周期 $n$ を持つ長さ無限の数列に拡張しておく.

  1. もし $a _ i$, $a _ {i+1}$ が共に正なら, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1\geqq a _ {i+1}+1$ となり, $a _ {i+j}$ ($j\geqq 2$) は単調増加するが, 作り方より $a _ {i+j}$ は周期 $n$ を持ち有界だから, 矛盾する.

  2. もし, $a _ i=0$ となるなら, $a _ {i+1}=a _ {i-1}a _ i+1=1$, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1=1$ となり, 2つ続けて正だから, 条件に適さない.

  3. もし $a _ i$, $a _ {i+1}$ が共に負なら, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1\geqq 2$ は正となる. もし $a _ i$ が負で $a _ {i+1}$ が正なら, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1\leqq 0, \neq 0$ となり, $a _ {i+2}$ は負となる. もし $a _ i$ が正で $a _ {i+1}$ が負なら, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1 \leqq 0, \neq 0$ となり, $a _ {i+2}$ は負となる.

以上より $a _ i$ の符号は, 負, 負, 正, 負, 負, 正を繰り返す. したがって $n$ が $3$ の倍数であることが分かり, 証明が完成した.

[注] $\displaystyle\sum _ {i=1} ^ n(a _ i-a _ {i+3}) ^ 2=0$ を使って $n$ が $3$ の倍数であることを証明することもできる.

『数学オリンピック2014〜2018』(p. 191)

新解答との異同

実は翌年の『数学オリンピック2015〜2019』(p. 175)やそれ以降の過去問集では次のような変更がなされています。

2018 2019〜
もし $a _ i$, $a _ {i+1}$ が共に正なら, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1\geqq a _ {i+1}+1$ となり, $a _ {i+j}$ ($j\geqq 2$) は単調増加するが, 作り方より $a _ {i+j}$ は周期 $n$ を持ち有界だから, 矛盾する. もし $a _ i$, $a _ {i+1}$ が共に正なら, 漸化式より $a _ {i+2} > 1$, $a _ {i+3} > 1$ となるから, $$a _ {i+4} = a _ {i+2} a _ {i+3} + 1 > a _ {i+3}$$ となり $a _ {i+j}$ ($j\geqq 3$) は単調増加するが, $a _ {i+j}$ は周期 $n$ を持ち有界だから矛盾する.
2つ続けて正だから, 条件に適さない. 2つ続けて正だから矛盾する.
もし $a _ i$, $a _ {i+1}$ が共に負なら, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1\geqq 2$ は正となる. もし $a _ i$ が負で $a _ {i+1}$ が正なら, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1\leqq 0, \neq 0$ となり, $a _ {i+2}$ は負となる. もし $a _ i$ が正で $a _ {i+1}$ が負なら, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1 \leqq 0, \neq 0$ となり, $a _ {i+2}$ は負となる. もし $a _ i$, $a _ {i+1}$ が共に負なら, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1>1$ は正となる. したがって, 数列 $a _ i$ の符号は, 正のものは高々1つ, 負のものは高々2つしか続かない.
もし $a _ i$ 負, $a _ {i+1}$ 負, $a _ {i+2}$ 正, $a _ {i+3}$ 負, $a _ {i+4}$ 正, $a _ {i+5}$ 負 なら, $a _ {i+2} = a_i a_{i+1} + 1 > 1$, $a _ {i+4} = a _ {i+2} a _ {i+3} + 1 < 1$ となり, $$a _ {i+5} - a _ {i+4} = a _ {i+3} (a _ {i+4} - a _ {i+2})$$ の左辺は負, 右辺は正となり矛盾する.
もし $a _ {i+1}$ 以下符号が負と正を交互に繰り返すなら, この式の左辺と $a _ {i+3}$ が負で, $a _ {j+4} > a _ {j+2} > 0$ となり, 符号が正が続いた場合と同様に矛盾する.

a

少し考えれば、実はより強く「ある整数 $i$ が存在して $a _ i$, $a _ {i+1}$ が共に正になれば、すべての整数 $n$ に対して $a _ n$ は $1$ より大きくなる」ことが示せるので、新旧ともに数学的言明としては正しいものになっています。しかし、旧解答では $a _ i \geqq 1$ が特に証明もコメントもなく用いられており、少し変です。

b

「2つ続けて正」であることは問題の条件に直接的には反していないので、新解答での「矛盾する」の方がより適切な表現であることは間違いありませんが、特にどちらも間違いではありません。

c

旧解答のうち

  • もし $a _ i$, $a _ {i+1}$ が共に負なら, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1\geqq 2$ は正となる.
  • もし $a _ i$ が負で $a _ {i+1}$ が正なら, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1\leqq 0, \neq 0$ となり,
  • もし $a _ i$ が正で $a _ {i+1}$ が負なら, $a _ {i+2}=a _ ia _ {i+1}+1 \leqq 0, \neq 0$ となり,

はすべて間違いです。そう、おそらく「旧解答は $a_1, a_2, \dots, a_{n+2}$ が実数ではなく整数だと勘違いしてしまった」のだと考えられます! そう考えると a で $a _ i \geqq 1$ が特に証明もコメントもなく用いられていたのも(そもそも誤解しているので)何ら不自然な話ではありません。

新解答はそれを修正したものになっているのですが、

もし $a _ {i+1}$ 以下符号が負と正を交互に繰り返すなら, この式の左辺と $a _ {i+3}$ が負で, $a _ {j+4} > a _ {j+2} > 0$ となり, 符号が正が続いた場合と同様に矛盾する.

という段落は注意が必要です。これは前の段落の式を「この式」と呼んで添字も合わせているのにも関わらず、話自体は直前の段落とは全く別になっているので、$a _ i$ の符号は特に定められていません。また、「$a _ {j+4} > a _ {j+2} > 0$」は「$a _ {i+4} > a _ {i+2} > 0$」の誤植です。

SLP & Evan Chen

しかし、この新解答も極めてわかりにくいものになっていることは明らかでしょう。実は公式に発表されている解答では次のような流れになっています。

  1. 「正正」は不可能なので、「正」は高々一つしか連続しない。
  2. 「$0$」は不可能。
  3. 「負負」の次は必ず「正」なので、「負」は高々二つしか連続しない。
  4. 「負正」だけが繰り返されることは不可能。
  5. 「負負」が少なくとも一つ存在するので「負負正負」まで決まり、次に「負」が続くことを示す。
  6. 「負負正負負」の次は「正」なので「負負正負負正」となり、この「負負正」だけが繰り返される。

この 4 と 5 が逆転しているので、少し大変になっています。もし新解答のような流れで書くとすれば、Evan Chen 氏の解説のようにするのがよいでしょう。

別解

$a_i a _ {i+1} a _ {i+2}$ は $(a _ {i+2} - 1) a _ {i+2} = a _ {i+2} ^ 2 - a _ {i + 2}$ でもあり $a _ i (a _ {i+3} - 1) = a _ i a _ {i+3} - a _ i$ でもあるので、$a _ {i+2} ^ 2 - a _ {i+2} = a _ i a _ {i+3} - a _ i$ となり、これを $i$ について足し上げると $$\sum _ i (a _ i - a _ {i+3}) ^ 2 = 0$$ となるので、基本周期は $3$ の約数であることがわかる。しかし、$x ^ 2 + 1 = x$ は実数解を持たないので基本周期は $1$ ではない。したがって、基本周期は $3$ である。

正体

だとすれば、$a, b, c, a, b, c, \dots$ という数列になっているわけなので、$$\begin{aligned}ab+1&=c\\bc+1&=a\\ca+1&=b\end{aligned}$$ を充たしていることになります。これを解くと本質的に冒頭の $(-1,-1,2)$ が繰り返されるパターンの数列しかないことがわかります。

雑感

この記事を書いたきっかけは、同級生が(今は昔)四年前に「この解答おかしすぎ、実数列を整数列と思って解いてる」と嘆いていたのを最近思い出したことです。ちなみに、さすがに数オリ財団の解答を批評するのには躊躇いが(普段より)感じられたので、一応この話を何人かのチューターに見せて回りました。結局たどり着いた結論としては、「いや最近の IMO なら公式解答を見ればいいし日本語版の執筆者もそれ訳せばいいだけだよなあ」ということでした。1959 年から 2005 年までの分はインターネット上で公開されてはいませんが、まさにそのために The IMO Compendium が存在するので、ぜひとも入手しましょう。初版は 2004 年までの分しか載っていないので、万全を期すためには第二版を入手するのが吉です。