東大言語学 院試(博士)2017-4

東京大学言語学研究室の大学院博士課程の専門科目問題の 2017-4 は、ある言語(言語名は今のところ特定できていません)の所有表現の構造と形態音韻的な規則を分析させる問題です。

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問題

下の表は、ある言語の所有表現「私の〜」「あなたの〜」(の主格形)をまとめたものである。「非所有形」の列には所有表現で用いられない場合の形、いわゆる辞書形を示してある。丸括弧内の too, ge はそれぞれ、一人称単数代名詞、二人称単数代名詞(の主格形)と同形である。所有表現においてこれらの代名詞は現れても現れなくてもよい。ドット “.” は音節境界を示し、oo, ee などは長母音を表す。その他の表記については、設問の中で説明する。このデータについて、設問 (a) (b) (c) に答えなさい。

意味 非所有形 A. 一人称単数「私の〜」 B. 二人称単数「あなたの〜」
1. pok (too) pok.taa (ge) pok.poor
2. qai.ʃat (too) qai.ʃat.taa (ge) qai.ʃat.poor
3. mais (too) mais.ta (ge) mais.por
4. 息子 a.reef (too) a.reef.ta (ge) a.reef.por
5. tai.foot (too) tai.foot.ta (ge) tai.foot.por
6. 親戚 gu.salk (too) gu.salk.ta (ge) gu.salk.por
7. sob (too) sob.daa (ge) sob.boor
8. 祖母 mas.tor (too) mas.tor.daa (ge) mas.tor.boor
9. 祖父 nɛ.zooz (too) nɛ.zooz.da (ge) nɛ.zooz.bor
10. ɛzg (too) ɛzg.da (ge) ɛzg.bor
11. ひ孫 re.su (too) re.su.daa (ge) re.su.boor
12. ɔ.sez.ta (too) ɔ.sez.ta.daa (ge) ɔ.sez.ta.boor
13. koi.fa (too) koi.fa.daa (ge) koi.fa.boor
14. de.lii (too) de.lii.da (ge) de.lii.bor
15. dai.soi (too) dai.soi.da (ge) dai.soi.bor
16. mee.foo (too) mee.foo.da (ge) mee.foo.bor
17. ɔɔm (too) ɔɔn.na (ge) ɔɔm.mor
18. ŋe.ren (too) ŋe.ren.naa (ge) ŋe.rem.moor
19. a.roiŋ (too) a.roin.na (ge) a.roim.mor

(a) この言語の所有表現がどのような構造をとっているかを簡潔に説明しなさい。

(b) A 列に挙げられた各語形において下線を引いた部分は、ある一つの形態素の実現体に相当する部分(=形態)である。この一つの形態素がそれぞれの異形態で現れる条件を、音節構造に着目しながら記述しなさい。この形態素の付加に伴って語基が交替する場合には、それも記述すること。同様のことを、B 列についても行ないなさい。

表中の特定の語形に言及する場合には、各々の名詞に振った数字と、人称に振ったアルファベットを組み合わせて示すこと。例:「2A のように、第一音節が〜の場合には…」

(c) 上の (b) で回答した A 列、B 列ごとの記述全体を見渡し、共通する現象・規則があるかどうか観察しなさい。そしてより簡潔な記述が可能な部分については、それを述べなさい。

(a)

この言語の所有表現は「(所有者を表す代名詞の主格形) 非所有形.所有人称接辞」という構造をとっている。

(b)

A 列の所有人称接辞は -taa である。

  • 7A から 16A までのように、語基末音が /b/, /r/, /z/, /g/, /u/, /a/, /ii/, /oi/, /oo/ の場合には接辞頭音の /t/ が /d/ に変化する。
  • 17A から 19A までのように、語基末音が /m/, /n/, /ŋ/ の場合には接辞頭音の /t/ が /n/ に変化し、語基末音の /m/, /n/, /ŋ/ が /n/ に変化する。
  • 3A, 4A, 5A, 9A, 14A, 15A, 16A, 17A, 19A のように、語基の最終音節が /ai/, /ee/, /oo/, /ii/, /oi/, /ɔɔ/ を含む場合には接辞に含まれる /aa/ が /a/ に変化する。
  • 6A, 10A のように、語基末音が /lk/, /zg/ の場合には接辞に含まれる /aa/ が /a/ に変化する。

B 列の所有人称接辞は -poor である。

  • 7B から 16B までのように、語基末音が /b/, /r/, /z/, /g/, /u/, /a/, /ii/, /oi/, /oo/ の場合には接辞頭音の /p/ が /b/ に変化する。
  • 17B から 19B までのように、語基末音が /m/, /n/, /ŋ/ の場合には接辞頭音の /p/ が /m/ に変化し、語基末音の /m/, /n/, /ŋ/ が /m/ に変化する。
  • 3B, 4B, 5B, 9B, 14B, 15B, 16B, 17B, 19B のように、語基の最終音節が /ai/, /ee/, /oo/, /ii/, /oi/, /ɔɔ/ を含む場合には接辞に含まれる /oo/ が /o/ に変化する。
  • 6B, 10B のように、語基末音が /lk/, /zg/ の場合には接辞に含まれる /oo/ が /o/ に変化する。

(c)

  • 順行同化1: [-有声性] → [+有声性] / [+有声性, -鼻音性]$__V#
  • 順行同化2: [-鼻音性] → [+鼻音性] / [+鼻音性]$__V#
  • 語基交替: [+鼻音性] → [α調音位置] / __$[+鼻音性, α調音位置]V#
  • 異化: 長母音 → 短母音 / C₀{長母音C₀, VC₂}$C__C₀#