高校一年の生物の授業でDNAの塩基はAGCTで糖はデオキシリボースなのにRNAの塩基はAGCUで糖はリボースだと習ったのですが、なぜTとUが違うのか一切説明がなされておらず全く意味が分からなかったのでネットで調べてみてもこれしか良い資料が見当たらず、しかもこれはスライドだったので次の点がよく分からないままでした。
- 「Tの生合成の最終段階は、Uのメチル化である」とは?
- 「DNAは安定でなくてはならない RNAは不安定の方が良い」について、たしかにDNAが安定でなくてはならないのはわかるが、ではなぜRNAも不安定な方がよいのか? 別にRNAがたまたま安定でも構いはしないような気がする。
- なぜデオキシリボースだと安定でリボースだと不安定になるのか?
生物の先生にいつか聞こう聞こうと思いながら、いざ授業を受けるとそのことをすっかり忘れてしまい、というのを繰り返しては繰り返して二年の月日が経ち、ようやくついに数日前この疑問を聞いて解決することができました。
「Tの生合成の最終段階は,Uのメチル化である」というのは,Tを体内で合成する際に,TはUから作られるということを意味しています。Tは,Uより一手間多くかけて作られる(つまり進化的にはあとから出現することになる)ということです。「メチル化」が「-CH3基をつけること」であるのは知っていますよね?
「RNAは不安定の方が良い」の意味ですが,これは前提があります。RNAが安定であるならば,DNAはそもそも不要です。RNAが不安定だったので,より安定なDNAを遺伝子の本体とする生物が進化してきました。DNAを遺伝子の本体とするならば,そこからタンパク質を翻訳するときに一時的に利用するmRNAは,不安定であるほどよいことになります。必要なくなったらすぐに分解できたほうが都合がよいからです。元々不安定であったRNAは,従って,よりその不安定さを強化する方向に(分子)進化が進みます。
「デオキシリボースだと安定でリボースだと不安定」な理由は,リボースのほうが加水分解を受けやすいためとのことです。なぜリボースのほうが加水分解を受けやすいのかについては,化学の先生に聞いてくれると助かります。(私もそこまでは詳しくないので。)
さらに田部 (2020) を読んでいたら次のような記述も発見できました。
自然界では,シトシン(C)は,その分子中の-NH2が比較的簡単に-OHに置換することにより,ウラシル(U)に変化(変量)する(→p329)ので,RNAワールドでは,遺伝子であるRNAのUが,もともとのUなのか,Cが変化したUなのか見分けられず,修復もされないので,遺伝情報の伝達の正確性は高くなかった。
その後,DNAワールドになり遺伝子の働きをRNAから引き継いだDNAでは,Uの代わりにチミン(T)が用いられており,Cから変化したUがあれば,もともとDNAには存在していない塩基を見分けて修復する酵素によってCに戻されるので,遺伝情報の伝達の正確性はRNAより高くなった。
TはUのメチル化(エネルギーを必要とする反応)によってつくられるが,遺伝子としての正確性や安定性が要求されるDNAでは,エネルギーを消費してでもUをTに変える必要があり,合成と分解が頻繁に行われるRNAでは,Uをそのまま用いる方がエネルギー的に有利であると考えられている。
結局「なぜRNAはTではなくUを持つのか?」という問いの立て方はそもそも不適切で正しくは「なぜDNAはUではなくTを持つのか?」と問うべきだったということであり、まさにこのような誤解こそがセントラルドグマに毒されるということの代表的な例だったというわけです。
後日談:このことを報告しましたら次のような返答がいただけました。
さすが田部先生,そこまで解説していたのですね。私はマクロ生物出身なので,どうしても「ティンバーゲンの4つのなぜ」における後半の2つ(機能と進化)を中心に考える癖があるのですが,一般的には前半の2つ(メカニズムと発達)から説明されることが多いように思います。田部先生の解説は,主としてメカニズムと発達について述べたものになりますが,大変説得的で素晴しいと思いました。御教示ありがとうございます。
なお、「ティンバーゲンの4つのなぜ」は田部 (2020) には特に記載は見当たらないのですが、少なくとも東京書籍の教科書には「ティンバーゲン」という名前だけを隠した上でちゃんと記載があります。なんとなく通り過ぎていた事項だったのですが、実際に問いを解決していく中で「4つのなぜ」の重要性を再発見することができたのは(もちろん不勉強ゆえでもあったわけですがそれと同時に)なかなか興味深い学習体験ができたと思います。生物学は得意ではないし専攻にはしないものの、やってる分にはマジで楽しくてしょうがないです。