概要
Pythagoras 数とは $x ^ 2+y ^ 2=z ^ 2$ を満たす整数の組 $(x,y,z)$ のことであり, ある整数 $m$, $n$ とある有理数 $t$ に対して $(x,y,z)=t(m ^ 2-n ^ 2,2mn,m ^ 2+n ^ 2)$ と書けることと同値であることはよく知られている. このことは初等的に証明できるが, [1][2][3] で独立に何度も指摘されているように, Hilbert の定理 90 を用いて証明することもできる. 本稿の前半はこれらの説明に費やされることとなった. 本稿のメインテーマである後半は, Hilbert の定理 90 が Galois コホモロジーの言葉で書き直せることを示した.
初等的考察
古代ギリシアでは, 整数が全宇宙を支配していると考えられていた. この考え方はたとえば有理数:「理 (ratio) が有る数」という名前にも残っている*1. したがって, 直角三角形のすべての辺の長さが整数であるものにも興味が向くはずで, この数の組を Pythagoras 数と呼ぶ. そして, Pythagoras 数であることの同値な言い換えとして次の定理がよく知られている. この節では初等的な証明を与えることが目標となる.
($\implies$) $x$, $y$, $z$ の最大公約数が $1$ だと仮定してよく, とくに $x$ を奇数, $y$ を偶数としてよい. ここで $(z+x)/2$ と $(z-x)/2$ のうち少なくとも一つが平方数でないと仮定する. これらの積が平方数であることより, 共通因数 $p\geqq2$ を持つ. したがって, $z+x=2up$, $z-x=2vp$ を満たす自然数 $u$, $v$ が取れる. しかしこれを解くと $x=(u-v)p$, $z=(u+v)p$ を得, さらに $y$ も $p$ の倍数となるため, 最大公約数が $1$ であるという仮定に反するので矛盾. したがって, $(z+x)/2=m ^ 2$, $(z-x)/2=n ^ 2$ と書けるので, これを解いて示すべきことが従う.
Hilbert の定理 90 による証明
- $\operatorname{Tr} _ {L/K}(\alpha+\beta)=\operatorname{Tr} _ {L/K}(\alpha)+\operatorname{Tr} _ {L/K}(\beta)$, $\operatorname{N} _ {L/K}(\alpha\beta)=\operatorname{N} _ {L/K}(\alpha)\operatorname{N} _ {L/K}(\beta)$.
- $\operatorname{Tr} _ {L/K}(\alpha)=[L:K]a$, $\operatorname{N} _ {L/K}(a)=a ^ {[L:K]}$.
これを用いて, 定理 2 を証明する. 逆は上と同様に示せるので省略する.
Hilbert の定理 90 のコホモロジー版
もし読者がホモロジー論を勉強されたことがあるならば, サイクルやバウンダリという術語をよく知っているだろう. これの「双対」として語頭に「コ」をつけている(サインとコサインは双対か? という疑問があったのだが, そもそも三角関数の圏があるのか知らないので......)だけである.
- $Z^1(L/K,L^{\times})=\{h\colon G\to L^{\times}\mid\forall\sigma,\tau\in G, h(\sigma\tau)=h(\sigma)\sigma(h(\tau))\}$ とおき, この元を $L^{\times}$ を係数とする $1$ コサイクルという.
- $a\in L^{\times}$ により $h_a(\sigma)=\sigma(a)a^{-1}$ という形をした $G$ 上の関数を $L^{\times}$ を係数とする $1$ コバウンダリといい, $B^1(L/K, L^{\times})=\{h_a\mid a\in L^{\times}\}$ と書く.
明らかに $Z ^ 1(L/K,L ^ {\times})$ は乗法について可換群をなす. また, 定義通りに少し計算をすれば示せるが, $B ^ 1(L/K, L ^ {\times})$ は $Z ^ 1(L/K,L ^ {\times})$ の部分群である.
これを用いて定理 6 の ($\Longrightarrow$) を示そう.
絶対 Galois 理論と Étale コホモロジー
古典的な有限次元 Galois 理論とは, 簡潔にいえば, 有限次元 Galois 拡大 $L/K$ の中間体を $\operatorname{Gal}(L/K)$ の部分群によって統制する分類理論であることは周知の通りである. しかしながら 1960 年代の Alexander Grothendieck の画期的な仕事 [12] により, $\bm{K}$ 上の有限 étale 代数を絶対 Galois 群によって統制することに成功した. この理論を絶対 Galois 理論といい, これ以降 Galois 理論の最終目標は有限 $\bm{K}$ 代数の分類理論であると認識されるようになったのである. この節ではまず詳しい証明はせずに概略だけ述べることにする.
ここで $K$ を含む代数閉体 $\Omega$ を一つとり固定する. このとき $F _ {\Omega}(A)=\operatorname{Hom} ^ {\text{al}} _ {K}(A,\Omega)$ は有限集合であり, これは有限集合の圏 $\mathsf{Set}^{\mathsf{fin.}}$ になる. さらに絶対 Galois 群を連続的に作用させて $\operatorname{Gal}(K ^ {\mathsf{sep}}/K)-\mathsf{Set} ^ {\mathsf{fin.}} _ {\mathsf{conti.}}$ にすると $F _ {\Omega}(A)$ は(反変)圏同値を与える.
Grothendieck はやはり抜かりなく, このような profinite 群が作用する有限集合の全体のなすファイバー関手付きの圏を Galois 圏として公理的に特徴づけることに成功している. しかもなんと, $\operatorname{Gal}(K ^ {\mathsf{sep}}/K)$ はちゃんとファイバー関手の自己同型群として得られるのである(!)
代数幾何的な話題
ここで厳密な定義は [11] などに任せるとして, フワッとした説明を行うことにしよう.
まず与えられた環 $R$ に対し, ある種の “空間” の構造(位相)を入れ, その上の環を係数とする「層」というものを対応させることにする. これを少しイジってみるとアフィンスキーム $\operatorname{Spec}{R}$ が定まる. 一般のスキームとはアフィンスキームをはり合わせることにより定義され, これも Grothendieck によって定義されたものである. 要は代数多様体(大雑把に言えば多項式で定義される図形)の概念を拡張したものである.
さて, étale $K$ 代数はアフィンスキーム $\operatorname{Spec}{K}$ の上の étale 層を表していることがわかっている. そこを考えるとキモチとしては次のような感じになる.
$$\begin{CD}\mathsf{Ring}\colon @. K@>>>A\\@|\\ \mathsf{Asch}\colon @.\operatorname{Spec}{K}@>\text{étale}>>\operatorname{Spec}{A}\end{CD}$$
この圏同値を考えると, 今までのように体 $\bm{K}$ 上で Galois コホモロジーを考えることは, $\mathbf{Spec}\,\bm{K}$ 上で étale コホモロジーを考えることと等価になることがわかる. étale コホモロジーとは $\mathsf{Et} _ K$ のなす層(当然これは Abel 圏 $\mathsf{Ab}$ であるが)でのコホモロジーを考えたものであり, 特異コホモロジー(位相空間上の定数係数コホモロジー)の類似物となっている. étaleコホモロジーは Grothendieck によって Weil 予想(合同 $\zeta$ 函数というものでの Riemann 予想の類似)を解決するために考案された概念であり, のちに Deligne によって解決の目を見ることとなった. またここでは述べられないが, $\ell$ 進整数環の étale コホモロジーの逆極限と $\ell$ 進数体のテンソル積を $\bm{\ell}$ 進コホモロジーといい, これは数論幾何において非常に重要な役割を果たす. 先程述べた Weil 予想は当然のこと, Fermat の最終定理でさえこの手の議論のオンパレードであることがわかる.
また, 絶対 Galois 群も非常に重要な研究対象であることを述べておく. 特に有理数体の絶対 Galois 群などはそれ自身が研究価値を有しており, 現代の整数論の多くがこれに関係を持っていると言っても過言ではない. さらに, 有限次拡大 $K/\mathbf{Q}$ と $K ^ {\prime} /\mathbf{Q}$ に対し, 絶対 Galois 群が位相群として同型であることと, 体として同型であることが同値であることが知られている(Neukirch-内田の定理 (1976)). これは [18] によると遠アーベル幾何の現象の一種であるとされている. 玉川教授は [19] で次のようにも述べている.
遠アーベル幾何(anabelian geometry)とは, 1980年代初頭に A. Grothendieckが提唱した数論幾何の新しい方向で, 狭義には, 有理数体上有限生成な体上の「遠アーベル」な多様体の幾何がその基本群の上の(外)ガロア表現によって完全に復元されるという, いわゆるグロタンディーク予想を意味します. 双曲的代数曲線に対するグロタンディーク予想は, 中村博昭さん(現岡山大)と筆者によって部分的に解決されていましたが, 望月さんはこれを完全に解決し, 更に, $p$ 進体上でも同様の結果が成り立つことを示しました. この際, $p$ 進体上の代数多様体に対する $p$ 進ホッジ理論が中心的な役割を果たしました. 望月さんのこの結果は, 現在に至るまで遠アーベル幾何の最高峰をなし, 広く数論幾何学者全体に影響を与えていると思います. 特に, Grothendieck 自身が, 遠アーベル幾何は素体上有限生成な体に固有なものと考えていこともあり, また, アーベル多様体のテイト予想の類似からも, $p$ 進体上でグロタンディーク予想が成立することは意外であり, 望月さんの結果のインパクトは大きかったと思います.
望月さんの遠アーベル幾何における成果は, Inventiones mathematicae 掲載の100ページ超の大論文 [20] などにまとめられました. なお, 望月さんは, 「代数曲線の基本群に関するグロタンディーク予想の解決」の題目で, 1997年度日本数学会賞秋季賞を(中村氏, 筆者と共同で)受賞しています. また, 望月さんは, $p$ 進タイヒミュラー理論と遠アーベル幾何に対し, 内在的ホッジ理論の枠組みで統一的な視点を与え, これについての総合的な報告を, 1998年(29歳で!)国際数学者会議の招待講演にて行いました.
残念ながら筆者の不勉強さゆえに望月教授の思想を解説することは到底不可能だが, Galois の息吹が脈々と受け継がれているのを見ると素人ながら感動してしまうものがある.
また, 絶対 Galois 群の情報を $GL(n,V)$ のような線形群に埋め込むことができ, これを Galois 表現という. これについても数論幾何において重要な役割を果たすらしいが, これもまた筆者の不勉強さゆえに解説することはできない.
Galois コホモロジーと類体論
Brauer 群と呼ばれる重要な群があるのだが, これは $\operatorname{Br}(K)\cong H ^ {2}(\operatorname{Gal}(K ^ {\mathsf{sep}}/K),(K ^ {\mathsf{sep}}) ^ {\times})$ という同型が存在する. 実は Brauer 群は類体論と呼ばれる理論において重要な役割を果たしているのだが, このように書ける以上, 類体論自体を Galois コホモロジーの言葉で書き直すことは当然可能である. 類体論というのは, 古典的には「ある種の体の Abel 拡大の Galois 群について, その体に内在的な情報(イデアル類群など)のみを用いて統制する」という理論なのだが, 現代的には「“ある種の数論っぽい” スキーム $U$ の Abel 基本群 $\pi ^ {\text{ab}} _ 1(U)$ という, $U$ の代数的基本群の Abel 化で $U$ 上の Abel 被覆を分類する Galois 群を, $U$ に内在的な幾何学的情報を用いて統制する」理論へと昇華されている. このように「統制」するという考え方は Galois 理論にも見られたが, 三平方の定理から始まった我々の旅路を, 惜しくもここで終えることとしよう.
参考文献
本稿の第 1 節は [6] を, 第 2 節は [7] を, 第 3 節は [9] を, 第 4 節は [13] を大きく参考にした.
[1] O. Taussky, Sums of squares, Amer. Math. Monthly, 77 (1970), 805-830.
[2] T. Ono, Variations on the Theme of Euler: Quadratic Forms, Elliptic Curves and Hopf Maps, Plenum Press, 1994.
[3] N. D. Elkies, Pythagorean triples and Hilbert's Theorem 90
[4] 雪江明彦『整数論1 初等整数論から $p$ 進数へ』(2013, 日本評論社)
[5] 斎藤憲・三浦伸夫『エウクレイデス全集 第1巻』(2008, 東京大学出版会)
[6] INTEGERS「ヒルベルトの定理90とピタゴラス数」(2017)
[7] 高校数学の美しい物語「ピタゴラス数の求め方とその証明」(2016)
[8] 安藤哲哉『コホモロジー』(2002, 日本評論社)
[9] 雪江明彦『代数学2 環と体とガロア理論』(2013, 日本評論社)
[10] 雪江明彦『代数学3 代数学のひろがり』(2013, 日本評論社)
[11] R. Hartshorne, Algebraic Geometry (Graduate Texts in Mathematics. 52), Springer, 1997.
[12] A. Grothendieck, et.al., Revêtements Etales et Groupe Fondamental (SGA1), Lecture Notes in Mathematics 224, Springer-Verlag, 1971.
[13] 藤原一宏『<現代数学の土壌> ガロア理論』(数学のたのしみ, 13, 109-121, 1999, 日本評論社)
[14] 飛鳥『Galois 理論入門 ver 2.0』(2016)
[15] 飛鳥『有限群のコホモロジー』(2018)
[16] 飛鳥『Galois 降下』(2018)
[17] Francis Borceux, George Janelidze, Galois Theories, Cambridge Studies in Advanced Mathematics 72, Cambridge University Press, 2001.
[18] 玉川安騎男『ガロア理論とその発展』(2006)
[19] 玉川安騎男『望月新一さんの数学』(2005)
[20] Shinichi Mochizuki, The local pro-p anabelian geometry of curves, Invent. Math. 138 (1999), 319-423.
[21] 斎藤秀司『高次元類体論の現在 —非アーベル化への展望と高次元Hasse原理—』(2015)