よくある話
『新・物理入門』には次のような記述があります。
固定されたなめらかな斜面(傾き $\theta$)を物体 $m$ がすべり落ちる例を考える……水平に $x$ 軸、鉛直下向きに $y$ 軸をとれば…… $m$ がつねに斜面上にあるということから $$y=x\tan\theta\quad\therefore\frac{d ^ 2y}{dt ^ 2}=\frac{d ^ 2x}{dt ^ 2}\tan\theta$$ すなわち $$\text{束縛条件}\quad a_y=a_x\tan\theta\tag{2-19}$$ が得られ……しかし、斜面(質量 $M$)が床の上を自由にすべる場合は、話は異なってくる。この場合は、上のように斜面に固定した $XY$ 軸は斜面自体が動くので使えず、水平・鉛直の $xy$ 軸をとらねばならない…… 図 2・17 のように、はじめ $m$ が斜面の頂点にあったとして、そこを原点にとり、任意の時刻 $t$ での $m$ の座標を $(x,y)$、斜面の頂点の座標を $(X,0)$ とすれば、図 2・17 より $$y=(x-X)\tan\theta$$ これを時間で 2 回微分して、束縛条件は $$a_y=(a_x-A)\tan\theta.\tag{2-21}$$
このような考え方はよくある話ですが、大域的な情報を初等幾何学的に考察しないと局所的な束縛条件が求まらないというのは不自然な気がしませんか? そもそも、このような大域から局所への変換はたまたま斜面が平面であったから(つまり $\theta$ が時間によらず一定であったから!)可能であった話であり、一般の曲面であればどのような束縛条件を取るのか全くわからないのでしょうか? とすると、1998 年の東工大の第 1 問 [B] で出題された自由に動ける半球を滑り降りる小物体の運動や、
2021 年の慶應理工の第 1 問 (2) で出題された床の上をなめらかに動ける逆 U 字型の物体の内壁に沿って運動する小球の運動は解析できないのでしょうか?
束縛条件
このような文脈では斜面が剛体であると一般に仮定されているので、斜面と一緒に動く座標系ではその曲面が $z=f(x,y)$ と表すことができます。ここでは現実的なモデルを扱うので、無限回微分可能だとしましょう。物体の座標を $\mathbf{r}(t)=(x(t),y(t),z(t))$ とすれば、物体が曲面上にある条件は $$G(\mathbf{r}(t))\coloneqq f(x(t),y(t))-z(t)=0$$ が常に成り立つことになります。そのためには
- $G(\mathbf{r}(0))=0$,
- $\dot{G}(\mathbf{r}(t))=(\nabla G)^\top\dot{\mathbf{r}}(t)\equiv 0$
が成り立てばよいです。ここで「位置」や「速度」が斜面と一緒に動く座標系で考えられていることに注意して、これらの条件は次のように言い換えられます:
- 物体が最初に曲面上にあり、
- 曲面に対する物体の相対速度が常に接平面と平行(または $\mathbf{0}$)になる。
実際には、より解析的に次のような結果を得ることができます:
実践
問題を実際に解くときには条件 1 が題意によって保障されていることがほとんどなので、条件 2 だけを考えることになります。上二つの入試問題を解いてもよいのですが、ここでは『詳解 物理学演習 上』からの一問を解いてみましょう。
[28] 放物線 $x ^ 2=4ay$ $(a>0)$ の最も下の点の付近に、なめらかに束縛された質点の微小振動の周期を求めよ。ただし、$x$, $y$ 軸はそれぞれ水平および鉛直上方にとる。
原点から放物線上の点までの弧長に、$x$ 軸正方向であれば正、負方向であれば負の符号を付して定まる座標を $s$ 軸とします。このとき、$|x|<|s|\ll 1$ であることに注意すると、
$$\begin{aligned} \dot{s}&=\sqrt{1+\left(\frac{dy}{dx}\right) ^ 2}\dot{x}=\sqrt{1+\frac{x ^ 2}{4a ^ 2}}\dot{x}\\ \ddot{s}&=\frac{2x/4a ^ 2}{2\sqrt{1+x ^ 2/4a ^ 2}}\dot{x}^2+\sqrt{1+\frac{x ^ 2}{4a ^ 2}}\ddot{x}\\ &\approx\frac{x}{4a ^ 2}\left(1-\frac{x ^ 2}{8a ^ 2}\right)\dot{x} ^ 2+\left(1+\frac{x ^ 2}{8a ^ 2}\right)\ddot{x}\\ &\approx\ddot{x} \end{aligned}$$
と計算できます。
また、放物線上の点から引いた接線と $x$ 軸のなす角を $\theta$ とすると、何らかの束縛力によって合力の法線方向の成分が $0$ になっており、重力の接線方向の $-mg\sin\theta$ だけが残っています。このとき $\tan\theta=dy/dx=x/2a\ll1$ なので $-mg\sin\theta\approx-mg\tan\theta=-mgx/2a$ となります。
したがって、運動方程式 $m\ddot{s}=-mg\sin\theta$ は以上の近似によって、
$$m\ddot{x}=-\frac{mg}{2a}x$$
という周期 $2\pi\sqrt{\dfrac{2a}{g}}$ の単振動をするとみなせます。
参考文献
山本邦夫, 後藤憲一, 神吉健. (1967). 詳解 物理学演習 上. 共立出版.
山本義隆. (2004). 新・物理入門 増補改訂版. 駿台文庫.