漢数字と算用数字との誤用と混乱

前に日本語同好会で藤田浄秀, 座間正和. (2019). 漢数字と算用数字との誤用と混乱 -医学分野の論文・学術書における危機-. 横浜医学. 70(1), 83–92.について議論したので、思ったことをメモしておきます。

  1. 数詞には、順序を表す序数詞と、数量を表す基数詞がある。序数詞には算用数字は用いられないが、ローマ数字は使うことが許容されている。基数詞にも原則として算用数字は用いられないが「数値が大きくなったり、データ値で度量衡を伴ったり、小数点が付いたり、計算を伴ったりする」場合には用いられる。西欧語では序数詞と基数詞を常に言い分けるが、日本語ではそうではないので混同されやすいのだと推定される。
  2. 医学では漢数字と算用数字に関する誤用が多く見受けられる。たとえば、Adenosine-5'-triphosphate はアデノシンの 5' の位置に三つのリン*1酸基が結合していることを意味するので「アデノシン三リン酸」と表記すべきであり、「アデノシン 3 リン酸」はアデノシンの 3' の位置に一つのリン酸基が結合している Adenosine-3'-phosphoric acid を意味することになってしまう。
  3. 日本語の数体系には、平仮名・漢字で表される和語の「ひ・ふ・み・……」と、仮名・漢字・算用数字で表される漢語の「イチ・ニ・サン・……」がある。算用数字には送り仮名「つ」を付けられないので「1つ・2つ・……」はありえない。

信頼できる友人からのコメントを引用します。

  • 気持ちはわかるが、日本語一般においては、あくまで内的規範に留めるべきではないか
  • 序盤の化学関連?の話題は、学問の範疇で書式があるならば守るべきだし、誤りを指摘するのも良いと思う(多分2酸化炭素と書くな、みたいな話だよね)
  • 1つ、2つと記して何が悪いのかわからない。原理的にどうのと言われてもねぇ。
  • ただ、5大湖とか、7転8倒と書かれると流石に誤りとして指摘したくもなるよね
  • 結局は感覚とか見栄えに帰着する感があるよなぁと

私としては、特に主張 2 は完全に同意できますが、全体的に論拠が微妙(とりわけ第 VII 段落は意味不明)なので「単なる規範」として個人的に心掛けるに留めたいです。ただ、その根拠はあくまでも

  • 何を漢数字にして何を算用数字にするかを書字方向によらず一定のルールに沿って決めたい(たとえば「9 点円」と「三平方の定理」を混在させるのは最悪の所業だと思うので)
  • 自然言語と数式を明確に書き分けたい
  • 化学構造を誤解のないように明示したい

のような実用的なものにすぎず、通時的な慣習だけを理由にして従うつもりは全くありません。他にも単なる規範ならともかく、「十つ」や「二十つ」が存在しないことを理由に「つ」が助数詞でないと断定しているのは、言語学的に不適切であると感じざるをえません。ただ、繰り返しになりますが、やはり主張 2 は極めて重要です。

*1:「リン」の漢字表記は「燐」であって「隣」ではないのですが、この論文ではなぜか両者が混在しています。