Furstenberg「素数の無限性について」

訳者序

2019-11-23 に「位相空間論による素数の無限性証明」という記事を書いたことがある*1のですが, 機会があって改めて見直してみるとやはり書き直す必要があることに気付いたので, せっかくですから10 年留保を使って Furstenberg, H. (1955). On the Infinitude of Primes. The American Mathematical Monthly, 62(5), 353-353. https://doi.org/10.2307/2307043 を訳してしまうことにしました. これは Furstenberg がイェシーバー大学の学部生だったときに提出した小論であり, Eratosthenes の篩をイメージしたような証明方法になっています.

原文は一つの段落だけで構成されていますが, 解説の便宜のために大きく五つの番号を振りました.

本文

  1. この小論では, 素数が無限に存在することの初等的で “位相的な” 証明を与える.
  2. ($-\infty$ から $+\infty$ までの) 等差数列を基底として用いることで, 整数のなす空間 $S$ に位相を入れる. これがたしかに位相空間をなすことを確認するのは難しくない.
  3. 実際, この位相のもとで, $S$ は正規であり, したがって距離化可能であることが示される.
  4. 各等差数列は開であると同時に閉でもある. なぜなら, その補集合は他の (公差が同じ) 等差数列の合併だからである. この結果として, 有限個の等差数列の合併も閉になる.
  5. いま集合 $A=\bigcup A_p$ を考えよう. ここで $A_p$ は $p$ のすべての倍数からなり, $p$ は $2$ 以上の素数の集合を走る. $A$ に属さない数は $-1$ と $1$ だけであり, 集合 $\lbrace -1,1\rbrace$ は明らかに開集合でないので, $A$ は閉でない. したがって $A$ は有限個の閉集合の合併ではないので*2, 素数は無限に存在することが示された.

解説

整数のなす空間は $S$ ではなく $\mathbf{Z}$ で表し, $p$ のすべての倍数からなる集合は $A _ p$ ではなく $p\mathbf{Z}$ で表す.

  1. 素数が無限に存在することの最も有名な証明は, Euclid が『原論』第 IX 巻の命題 20 において提示したものである. 一般的には背理法として紹介されることが多いものの, 実際には黒川信重氏も次のように述べるように新たな素数を実際に構成していることに注意されたい:

    彼らの証明は, 実際に素数を作り出すやり方であった (「背理法」ではなかった): 何個か素数があったら, 全部掛けて $1$ を足したものを作り, それを割り切る $1$ でない一番小さい自然数を取り出せば, それは素数であり (素数でなかったとしたらもっと小さいもので割り切れてしまう), しかも新しい素数となっている (それまでの素数では割り切れないので), という作り方である.

    黒川信重. (2008). 素数からゼータの未来へ. 日本数学会.

  2. $\mathbf{Z}$ の部分集合 $U$ が開集合であることを, $U$ が $a\mathbf{Z}+b=\lbrace an+b\mid n\in\mathbf{Z}\rbrace$ ($a\in\mathbf{Z}\setminus\lbrace 0\rbrace$, $b\in\mathbf{Z}$) の合併で書けることと定義することで位相を定める. つまり $\lbrace a\mathbf{Z}+b\mid a\in\mathbf{Z}\setminus\lbrace 0\rbrace, b\in\mathbf{Z}\rbrace$ が開基となるような位相を定めるのである. ここで $x\in a\mathbf{Z}+b$ が $a\mathbf{Z}+b=a\mathbf{Z}+x$ と同値であることを考えると, この条件はすべての $x\in U$ に対してある非零整数 $a$ が存在して $a\mathbf{Z}+x\subset U$ となることと同値であることがわかる. この位相の定め方が上手くいくこと (well-defined であること) は, 次のように確かめられる.
    1. 空和は空集合になり, $a=1$, $b=0$ とすれば $\mathbf{Z}$ になる.
    2. 開集合の定め方から無限個の合併で閉じていることは明らか.
    3. $\mathbf{Z}$ の部分集合 $U_1$, $U_2$ が開であるとする. このとき, $U_1\cap U_2$ の任意の元 $x$ に対して, ある非零整数 $a_1$, $a_2$ が存在して, $a_1\mathbf{Z}+x\subset U_1$, $a_2\mathbf{Z}+x\subset U_2$ となるので, $a_1a_2\mathbf{Z}+x\subset a_1\mathbf{Z}+x\cap a_2\mathbf{Z}+x\subset U_1\cap U_2$ となり, 上で確認した条件の同値な言い換えにより $U_1\cap U_2$ が開であることがわかる.
  3. この Furstenberg 位相はその定め方から明らかに第二可算であり, あとは正規であることを示せば Urysohn の距離化定理により距離化可能であることが示される*3.
    1. まず Hausdorff であることを示す. 相異なる整数 $m$, $n$ を任意にとり, $d>|m-n|$ なる正整数 $d$ を一つとる. このとき $m$ の開近傍 $d\mathbf{Z}+m$ と $n$ の開近傍 $d\mathbf{Z}+n$ は互いに素になる.
    2. 次に, 互いに素な閉集合 $A$, $B$ を任意にとる. Furstenberg 位相では, $\mathbf{Z}$ の部分集合が開であることと閉であることが同値である (第 4 段落の解説を参照) ので, $A$, $B$ の開近傍としてそれぞれ $A$ 自身, $B$ 自身をとれば $A\cap B=\varnothing$ が充たされる.
  4. $\displaystyle a\mathbf{Z}+b=\mathbf{Z}\setminus\left(\bigcup ^ {a-1} _ {i=1} a\mathbf{Z}+b+i\right)$ なので閉であり, 閉集合の合併は有限個であれば必ず閉である.
  5. $\displaystyle\mathbf{Z}\setminus\lbrace\pm1\rbrace=\bigcup_{p\colon\text{素数}} p\mathbf{Z}$ の左辺は有限集合 $\lbrace\pm1\rbrace$ の補集合であるから (空でない有限集合は Furstenberg 位相では開でないので) 閉でない. 一方で, 右辺は閉集合の合併である. 閉集合の合併が閉でない状況は無限個の合併をとっている場合にしか起きえないので, 素数は無限に存在せざるをえない.

*1:「素数が無限個存在すると仮定します. 文字の種類は有限なので, 鳩ノ巣原理により $20$ 字以下の定義文を持たない素数が存在し, その最小のものを $p$ とおきます. このとき $p$ は「$20$ 字以下の定義文を持たない最小の素数」という $20$ 字の定義文を持つので矛盾します. よって素数は有限個です……といういつもの Richard の逆説はさておき」という文章をこの世から消すのは勿体無いのでここに供養します.

*2:訳注: 原文には存在しないが, 本来は which の前にコンマを付けなければならない.

*3:具体的に距離関数を構成することも可能である. [1008.0713] On an exotic topology of the integers を見よ.