東大言語学 院試(博士)2020-3:クルンフェ語

東京大学言語学研究室の大学院博士課程の専門科目問題の 2020-3 は、クルンフェ語のある名詞クラスにおける単数形と複数形を単一の基底形から導く音韻交替規則を考察させる問題であり、Odden, D. (2013). Introducing phonology (2nd ed.). Cambridge University Press. http://doi.org/10.1017/CBO9781139381727 の第 6 章の演習問題 12 Koromfe (pp. 202-203) ではさらに多くのデータを提示しています。

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問題

以下に例を挙げる言語 A は、音素として母音 a e i o u ʌ ɛ ɪ ɔ ʊ と子音 p t k b d g m n ŋ l h s f z j w をもつ*1(表記は IPA による)。

(a) 次に挙げる語形は、言語 A のある名詞クラスにおける単数形と複数形の対である。単数と複数を表すすべての形態を挙げた上で、それら各々を単一の基底形から導く音韻交替規則を書きなさい。なお次の語形は音素表記ではなく、異音を含むことに留意せよ。

単数 複数 語義
1 gɪbrɛ gɪba ‘hatchet’
2 gʊbrɛ gʊba ‘pond’
3 hubre hubʌ ‘ditch’
4 kojre*2 kojʌ ‘bracelet’
5 lugre lugʌ ‘side’
6 nɛbrɛ nɛba ‘pea’
7 sɛkrɛ sɛka ‘half’
8 sondre sondʌ ‘egg’
9 zoŋgre zoŋgʌ ‘wing’
10 dabɛːrɛ dabɛːja ‘camp’
11 dɔːrɛ dɔːja ‘long’
12 gɪgaːrɛ gɪgaːja ‘vulture’
13 dɪmbɛrɛ dɪmbɛja ‘giant’
14 dʊmdɛ dʊma ‘lion’
15 logomde logomʌ ‘camel’
16 bɪndɛ bɪna ‘heart’
17 honde honʌ ‘bean’
18 geŋde geŋʌ ‘pebble’
19 bɛllɛ bɛla ‘back’
20 dɔllɛ dɔla ‘hill’
21 selle selʌ ‘space’
22 bɛtɛ bɛra ‘male animal’
23 bɪtɛ bɪra ‘frog’
24 gete gerʌ ‘forked stick’
25 hʊtɛ hʊra ‘soul’

(b) どの弁別的素性を用いれば、最小の弁別的素性の組み合わせによって、言語 A の音素 z、および自然類 ʌ ɛ ɪ ɔ ʊ を一意に決定できるか。それぞれにつき、その弁別的素性を挙げなさい。

(a)

形態
単数 -rɛ, -re, -dɛ, -de, -lɛ, -le, -tɛ, -te
複数 -a, -ʌ, -ja

それぞれの基底形を ⫽-rɛ⫽*3 および ⫽-a⫽ とすれば、次のような音韻交替規則によりこれら各々を導くことができる。

  • 母音調和:V → [α前方舌根性] / [α前方舌根性]C0__
  • わたり音挿入:∅︎ → [-音節性, -後方性, -子音性] / V__V
  • 鼻音後硬化:[+舌頂性] → [-共鳴性] / [+鼻音性]__
  • 側音化:[+舌頂性] → [+側音性] / [+側音性]__
  • r融合:[+舌頂性, +継続性, +共鳴性, -側音性][+舌頂性, +継続性, +共鳴性, -側音性] → [-有声性, -継続性, -共鳴性] / V__V

(b)

音素 z は [+有声性, +粗擦性] により、自然類 ʌ ɛ ɪ ɔ ʊ は [+音節性, -緊張性, -低段性] により一意に決定される。

*1:解答者注:r が抜けている。

*2:解答者注:Odden (2013) で koire になっていたのが kojre に変更されているため、この問題では規則が少し単純になっている。

*3:クルンフェ語に関するほぼ唯一の文献 Rennison, J. (1997). Koromfe. Routledge. では 2.1.1.9.1.3 The dɛ/a class という節が割かれており、あくまでも ⫽-dɛ⫽ を基底形としたうえで、

The phonetic realization [rɛ] is probably the most common one. It occurs whenever the phonological environments required by the other sub-types described above and below are not present.... The common phonological environment can therefore be summarized as follows: the preceding consonant is not nasal and is not a single intervocalic l or d.

という説明がなされているが、少なくともこの問題で与えられたデータを見る限りは ⫽-dɛ⫽ ではなく ⫽-rɛ⫽ を基底形と考える方が自然だと考えられるので、ここでは Rennison (1997) の記述から少し外れているもののそちらを解答例として提示した。