EGA: 代数幾何学原論

代数幾何学原論
A. GROTHENDIECK
J. DIEUDONNÉ との共同執筆

序文

Oscar ZariskiAndré Weil

本論文とそれに続く多くの論文は, 代数幾何学の基礎に関する概論となることを意図している. 原則としてこの分野に関する特別な知識を何ら前提にせず, またそのような知識には明らかな利点があるものの, 時として (それが含意する双有理幾何学的な視点があまりにも偏狭なことが常なので) ここで説明される視点や技術に慣れようとする人にとっては有害になることも判明している. そのかわり, 読者が以下の話題について十分な知識を持っていることは前提にする.

  1. 可換代数, たとえば N. Bourbaki の “数学原論” で準備中の巻に (そしてこれらの巻が準備中の間は Samuel-Zariski [13] と Samuel [11], [12] に) 解説されているようなもの.
  2. ホモロジー代数, これについて (M) Cartan-Eilenberg [2] と (G) Godement [4], そして近年の論文 (T) A. Grothendieck [6] を参照する.
  3. 層理論, これについて主に (G) と (T) を参照する; 後者の理論は, 可換代数の重要な概念を “幾何学的に” 解釈し “大域化” するために不可欠な言語を提供する.
  4. 最後に, 本論文で常に用いられる関手の言葉にある程度馴染んでおくと役に立つので (M) や (G), 特に (T) を参照せよ. この言葉の原理と, 関手の一般論についての主な結果は, 本論文の著者が現在準備中の著作で詳細に説明される.

[翻訳中]

第 0 章 準備

0.1. 分数環

0.1.0. 環と代数

(0.1.0.1) この原論で考察される環はすべて単位元を有し, そのような環上の加群はすべて単位的であるとし, 環準同型は常に単位元を単位元に写すとする. 特に断りが無ければ, 環 $A$ の部分環は $A$ の単位元を含むとする. 特に可換環を考察するので, 詳細に立ち入らず環について議論するときは, それが可換であることが暗黙に了解される. もし $A$ が可換とは限らない環であれば, 特に断りが無ければ $A$ 加群を加群とする.

(0.1.0.2) $A$, $B$ を可換とは限らない二つの環とし, $\varphi\colon A\to B$ を準同型とする. すべての左 (resp. 右) $B$ 加群 $M$ には $a.m=\varphi(a).m$ (resp. $m.a=m.\varphi(a)$) とすることにより左 (resp. 右) $A$ 加群の構造が入る. $M$ 上の $A$ 加群の構造と $B$ 加群の構造を区別する必要があるときには, このように定義された左 (resp. 右) $A$ 加群を $M_{[\varphi]}$ と表す. もし $L$ が $A$ 加群であれば, 準同型 $u\colon L\to M _ {[\varphi]}$ は $a\in A$, $x\in L$ に対して $u(a.x)=\varphi(a).u(x)$ となるような可換群の準同型である. また, これを $\varphi$ 準同型 $L\to M$ といい, 組 $(\varphi, u)$ (または語の濫用で $u$) を $(A, L)$ から $(B, M)$ への双準同型という. このようにして, 環 $A$ と $A$ 加群 $L$ から成る組 $(A, L)$ はを成し, その射は双準同型である.

(0.1.0.3) (0.1.0.2) の仮定の下で, $\mathfrak{J}$ が $A$ の左 (resp. 右) イデアルであれば, $\varphi(\mathfrak{J})$ により生成される $B$ の左 (resp. 右) イデアルを $B\mathfrak{J}$ (resp. $\mathfrak{J}B$) で表す. これはまた左 (resp. 右) $B$ 加群の標準的な準同型 $B\otimes _ A\mathfrak{J}\to B$ (resp. $\mathfrak{J}\otimes _ A B\to B$) の像でもある.

(0.1.0.4) $A$ が (可換) 環であり, $B$ が可換とは限らない環であれば, $B$ 上の $A$ 代数の構造を与えることは, 環準同型 $\varphi\colon A\to B$ であって $\varphi(A)$ が $B$ の中心に含まれるようなものを与えることに等しい. $A$ のすべてのイデアル $\mathfrak{J}$ に対し, $\mathfrak{J}B=B\mathfrak{J}$ は $B$ の両側イデアルであり, すべての $B$ 加群 $M$ に対して $\mathfrak{J}M$ は $(B\mathfrak{J})M$ に等しい $B$ 加群である.

(0.1.0.5) 有限型加群有限型 (可換) 代数の概念については再考しない. $A$ 加群 $M$ が有限型であるとは, 完全系列 $A ^ p\to M\to 0$ が存在することである. $A$ 加群 $M$ が有限表示を持つとは, $M$ が準同型 $A ^ p\to A ^ q$ の余核に同型である, 換言すれば完全系列 $A ^ p\to A ^ q\to M\to 0$ が存在することである. $A$ がネーター環であれば, すべての有限型 $A$ 加群は有限表示を持つ.

次のことを思い出そう. $A$ 代数 $B$ が $A$ 上整であるとは, $B$ のすべての元が $A$ 係数モニック多項式の $B$ における根であることである. これは $B$ のすべての元が有限型 $A$ 加群である $B$ の部分代数に含まれることと同じである. このような場合に $B$ が可換であれば, $B$ の有限部分集合で生成される $B$ の部分代数は有限型 $A$ 加群である. 可換代数 $B$ が $A$ 上整かつ有限型であるためには, $B$ が有限型 $A$ 加群であることが必要かつ充分である. また, このとき $B$ は有限整 (または誤解の恐れが無ければ単に有限) $A$ 代数であるという. これらの定義において, $A$ 代数の構造を定める準同型 $A\to B$ が単射であるとは仮定されていないことに注意せよ.

(0.1.0.6) 整な環 (anneau intègre) とは, $0$ でない有限個の元の積が $0$ でない環である. これは $0\neq 1$ でありかつ $0$ でない二つの元の積が $0$ でないことと同じである. 環 $A$ の素イデアルとは, イデアル $\mathfrak{p}$ であって $A/\mathfrak{p}$ が整となるもののことであり, したがって $\mathfrak{p}\neq A$ である. 環 $A$ が素イデアルを少なくとも一つ持つためには, $A\neq{0}$ であることが必要かつ充分である.

(0.1.0.7) 局所環とは極大イデアルがただ一つ存在するような環 $A$ であり, その極大イデアルは可逆元全体の補集合であって, $A$ でないイデアルをすべて含む. $A$, $B$ が局所環であり, $\mathfrak{m}$ と $\mathfrak{n}$ がそれぞれの極大イデアルであるとき, 準同型 $\varphi\colon A\to B$ が局所的であるとは, $\varphi(\mathfrak{m})\subset\mathfrak{n}$ (または同値だが $\varphi ^ {-1}(\mathfrak{n})=\mathfrak{m}$) であることをいう. このとき, そのような準同型は商を経由することによって, 剰余体 $A/\mathfrak{m}$ から剰余体 $B/\mathfrak{n}$ へのモノ射を定める. 二つの局所準同型の合成は局所準同型である.

0.1.1. イデアルの根・環の冪零根基と根基

(0.1.1.1) $\mathfrak{a}$ を環 $A$ のイデアルとする. $\mathfrak{a}$ の (racine) $\mathfrak{r}(\mathfrak{a})$ とは, 少なくとも一つの整数 $n>0$ に対して $x ^ n\in\mathfrak{a}$ となる $x\in A$ の集合であり, これは $\mathfrak{a}$ を含むイデアルである. $\mathfrak{r}(\mathfrak{r}(\mathfrak{a}))=\mathfrak{r}(\mathfrak{a})$ である. 関係 $\mathfrak{a}\subset\mathfrak{b}$ は $\mathfrak{r}(\mathfrak{a})\subset\mathfrak{r}(\mathfrak{b})$ を含意する. 有限個のイデアルの積集合の根はそれぞれのイデアルの根の積集合である. もし $\varphi$ が別の環 $A ^ \prime$ から $A$ への準同型であれば, すべてのイデアル $\mathfrak{a}\subset A$ に対して $\mathfrak{r}(\varphi ^ {-1}(\mathfrak{a}))=\varphi ^ {-1}(\mathfrak{r}(\mathfrak{a}))$ である. あるイデアルがあるイデアルの根であるためには, それが素イデアルの積集合であることが必要かつ充分である. イデアル $\mathfrak{a}$ の根は $\mathfrak{a}$ を含む極小素イデアルの積集合である. $A$ がネーターであれば, そのような極小素イデアルは有限個である.

イデアル $(0)$ の根は $A$ の冪零根基と呼ばれる. これは $A$ の冪零元の集合 $\mathfrak{N}$ である. $\mathfrak{N}=(0)$ であることを環 $A$ が被約であるという. すべての環 $A$ に対し, その冪零根基による $A$ の商 $A/\mathfrak{N}$ は被約環である.

(0.1.1.2) 次のことを思い出そう. (可換とは限らない) 環 $A$ の根基 $\mathfrak{R}(A)$ とは, $A$ の極大左イデアルの積集合である (そして極大右イデアルの積集合でもある). $A/\mathfrak{R}(A)$ の根基は $(0)$ である.

0.1.2. 分数加群と分数環

(0.1.2.1) 環 $A$ の部分集合 $S$ が乗法的であるとは, $1\in S$ でありかつ $S$ の二つの元の積が $S$ に含まれることである. 最も重要な例は次の通り:

  1. 元 $f \in A$ の冪 $f ^ n$ ($n\geq 0$) の集合 $S _ f$.
  2. $A$ のイデアル $\mathfrak{p}$ の補集合 $A-\mathfrak{p}$.

(0.1.2.2) $S$ を環 $A$ の乗法的な部分集合とし, $M$ を $A$ 加群とする. $M\times S$ において, 組 $(m _ 1, s _ 1)$ と $(m _ 2, s _ 2)$ の関係 $$s(s _ 1 m _ 2 - s _ 2 m _ 1) = 0\text{ なる }s\in S\text{ が存在する.}$$ は同値関係である. この関係による $M\times S$ の商集合を $S ^ {-1}M$ と表し, 組 $(m, s)$ の $S ^ {-1}M$ への標準的な像を $m/s$ と表す. $i _ M ^ S \colon m\mapsto m/1$ (あるいは $i ^ S$ とも) を $M$ から $S ^ {-1}M$ への標準的な写像という. この写像は一般に単射でも全射でもない. その核は $sm=0$ となる $s\in S$ が存在するような $m\in M$ の集合である.

$S ^ {-1}M$ において加法群の演算が $$(m_1/s_1)+(m_2/s_2)=(s_2 m_1+s_1 m_2)/(s_1 s_2)$$ と定まる (これは $S ^ {-1}M$ の代表元の表し方によらないことが確かめられる). $S ^ {-1}A$ 上であればさらに乗法が $(a _ 1/s _ 1)(a _ 2/s _ 2)=(a _ 1a _ 2)/(s _ 1 s _ 2)$ と定まり, 最後に $S ^ {-1}A$ による $S ^ {-1}M$ 上の作用が $(a/s)(m/s ^ \prime)=(am)/(ss ^ \prime)$ と定まる. このようにして, $S ^ {-1}A$ には環構造が備わり ($S$ に分母を有する $A$ の分数環という), $S ^ {-1}M$ には $S ^ {-1}A$ 加群構造が備わる ($S$ に分母を有する $M$ の分数加群という). すべての $s\in S$ に対し, $s/1$ は $S ^ {-1}A$ において可逆であり, その逆元は $1/s$ である. 標準的な写像 $i _ A ^ S$ (resp. $i _ M ^ S$) は環準同型である (resp. $S ^ {-1}M$ を $i _ A ^ S\colon A\to S ^ {-1}A$ により $A$ 加群とみなしたときの $A$ 加群の準同型である).

0.2.2. ネーター空間

(0.2.2.1) 位相空間 $X$ がネーターであるとは, $X$ の開部分集合から成る集合が極大条件, あるいは同じことだが $X$ の閉部分集合から成る集合が極小条件を充たすことをいう. $X$ が局所ネーターであるとは, すべての $x\in X$ がネーター部分空間なる近傍をもつことをいう.

(0.2.2.2) $E$ を極小条件を充たす順序集合とし, $\bm{P}$ を次の条件に従う $E$ の元に関する性質とする: $x<a$ となるすべての $x\in E$ に対して $\bm{P}(x)$ が真であれば, $\bm{P}(a)$ も真である. この条件の下で, $\bm{P}(x)$ はすべての $x\in E$ に対して真である (“ネーター帰納法の原理”). 実際, $\bm{P}(x)$ が偽となる $x\in E$ から成る集合を $F$ としよう; $F$ が空でなければ, $F$ は極小元 $a$ をもつ. このとき, すべての $x<a$ に対して $\bm{P}(x)$ が真となるので, $\bm{P}(a)$ も真となるが, これは矛盾である.

この原理は特に $E$ がネーター空間の閉部分集合から成る集合である場合に適用される.

(0.2.2.3) ネーター空間の部分空間はすべてネーターである; 逆に, ネーター部分空間の有限和集合となる位相空間はすべてネーターである.

(0.2.2.4) ネーター空間はすべて準コンパクトである; 逆に, すべての開集合が準コンパクトである位相空間はすべてネーターである.

(0.2.2.5) ネーター空間は有限個の既約成分だけから成る. これはネーター帰納法からわかる.