感想
どちらも図書館で借りて延滞せずに読めそうなトピックと厚さだと思ったので、ささっと読んでしまった(本業がそろそろ大詰めを迎えようとしているので少し急いでしまった)。
前者の感想:今まで一人で考えていたことがほぼ全部すでに言われていて安心した。生物学的に一番勉強になったのは発生学の章だけど、哲学的に面白いのはやっぱり種の定義の章だった。
後者の感想:個人的には穏当で当たり前の結論に思えるが、科学哲学的に丁寧に論じられつつ臨床の話と乖離しすぎていることがないので良かった。一番共感したのは p. 166 の〈誤解1:精神医学の研究は二元論が誤りであると示してきた〉で、私は割と過激な生物学的精神医学の信奉者だと自認している(たとえば神経科学が充分に進歩すれば精神疾患は全て解体されると信じている)ものの、これはクーパーと同様に明らかな見当違いだと確信している。たとえば脳科学をやっている人々でそう思い込んでいる人が多いように見受けられるが、そう簡単な話ではないだろう(ただしそれと同時にその営み自体は実りあるものにはなるだろう)とは思う。
これで精神医学の哲学に関する本で積読しているのが石原『精神障害を哲学する』だけになったが、あれは綿密な記述がなされているもののエンタメ性は薄いのでまた気が向いたときに読むことにする。
追記
おそらく『生物学の哲学』の第五章を読んでいるときに書いたであろうメモが出てきたので供養しておく。
発生学と進化の総合説の関係
形態学の起源
- 18世紀:比較解剖学の手法によりヒトの切歯骨を発見(ゲーテ)
- ヒト以外の脊椎動物では独立したままだが、ヒトだと胎児期に上顎骨と癒合する
- すべての動物に基本的な形態を生み出す原型が内在すると想定する
アカデミー論争
- 1830年:アカデミー論争
- キュヴィエ「動物には四つのボディプランがあり、放射動物・関節動物・脊椎動物・軟体動物に分類される。各器官のあいだには(肉食のライオンに牙・顎・爪・内蔵がまとまって付随するように)機能的な連関があり、それにより生物体の調和が保たれている」←経験主義者
- ジョフロア「内骨格をもつ脊椎動物と外骨格をもつ関節動物は左右相対称を基本とするが、消化管と神経管の背腹の位置関係が逆になっている。これは背腹逆転が起こったと考えるべきであり、動物全体に共通する一つの構造のプランがあるはず」(型の統一理論)←科学の真髄を理念と捉える
- 当時の人々は機能と構造の対立ではなく科学観の対立と捉えた
ヘッケルの反復説
- ダーウィン(1859)『種の起源』→ヘッケル(1866)『生命の一般形態学』
- 反復説:個体発生は系統発生を繰り返す
- 進化的な変化は、祖先の個体発生の終端に新たな発生段階が次々と付加されることにより生じる(終末付加)
- ラマルクによる獲得形質の遺伝の法則に強く影響を受けている
- 親が成体になるまでに獲得した形質が子の個体発生の終末に付加されて遺伝する←突然変異
- ただそれだと系統発生が進むにつれて発生期間が莫大に増えるので、実は全体的に圧縮されていくのだと考えた←発生過程の進行速度は遺伝子の生成する酵素により制御されており、ヘッケルの想定とは全く違う
- ヘッケル自身も反例があることは認めていた:ヘテロクロニー・ヘテロトピー←Fgf8が顎を決める
- ただ、ある種における幼生期が別の種では成体期になることがあり、発生段階が変化することで進化が生じるという発想そのものは、現在の進化発生学にも引き継がれている
発生と進化の切り離し
- ヘッケル以降、発生学と進化論の関係は雲行きが怪しくなる
- →実験発生学:胚の実験操作によって受精卵のどの部分がどういった過程を経て最終的にどの器官に発生していくのかという個体発生のメカニズムを生理学的に解明することが第一目標とされる
- ヘッケルの弟子であったルーはモザイク説の実験を行った
- ドリーシュ:調節説
- →モザイク卵と調節卵に分類
- このような発生と進化の切り離しは20世紀以後さらに進んだ
- 生殖細胞系列(進化)と体細胞系列(発生)の分離
- 遺伝子型と表現型の区別(これらのあいだをつなぐ発生過程はブラックボックス化され進化研究の対象から外された)
- しかし実際にはランダムではなく「発生過程が一定の特徴を備えていると表現型における変異がより生じやすくなる」ということがわかっている。モジュールという一種の「突然変異の弊害に対する保護膜」があるおかげで昆虫の付属肢は非常に多様に進化した
生殖細胞系列と体細胞系列の分離
- 19世紀後半:ネオ・ラマルキズム(→エピジェネティックスによる「ラマルキズムの復権」)
- 1883:遺伝するのは生殖細胞のなかにある「生殖質」だけである(ヴァイスマン)→獲得形質は遺伝しない
- 決定子が発生初期に不平等に体細胞に配分される→ヴァイスマン=ルーのモザイク説
- 当時は「遺伝は発生の一側面である」と理解されていた
- 20世紀初頭:染色体説をサットンが提唱しモーガンが実証した
- モーガン(1915)『メンデル遺伝のメカニズム』→ショウジョウバエの単一の遺伝子が突然変異を起こすとピンク色の眼に変わることを発見(個体発生全体ではない)
- 染色体地図の作成に成功→遺伝から発生が切り離された
遺伝子型と表現型の区別
- 19世紀の遺伝概念は個体発生だけでなく系統発生をも意味する非常に広範な概念であった(たとえばヒトの発生初期に出現する鰓孔が脊椎動物の祖先種から「遺伝」した、など)
- 20世紀初頭にメンデルの法則が再発見されることによって遺伝の意味が狭められる
- 1909年:「遺伝子」の命名、遺伝子型・表現型の区別(ヨハンセン)
究極要因と至近要因の区別
- マイアは、実験室や分子レベルの研究に対抗して自然の動植物を扱う進化生物学的研究の重要性を説くために、次の区別を導入した
- 究極要因:系統発生上の時間的に遠い過去の原因
- 至近要因:個体発生上の時間的に近い過去の原因
- 1970年代:進化の総合説に対して発生を除外したことへの批判←マイアはこの区別を再利用した
集団的思考と類型学的思考
- ダーウィン以前:類型学的思考(劣っている)
- ダーウィン以後:集団的思考(優れている)
ホメオボックスの発見から進化発生学へ
- 1980年代初頭:発生学と進化論の総合が模索され始める
- 鳥類が歯を失ったのは歯をつくる遺伝子が失われたからではなく、胚発生の段階において特定の細胞が相互作用しなくなったからであった
- トカゲやカエルの指の数の違いは遺伝子によるのではなく肢芽細胞の数の変化によるものであった
- ミュラー(1990)「ゲノムの変化は形態変化という問題にとってあまり重要ではない」
ホメオティック突然変異
- ホメオーシス:体のある部分が別の部分に転換されること
- 1915年:ホメオティック突然変異体の単離(ブリッジス)
- 1978年:ホメオティック遺伝子の同定(ルイス)
ホメオボックス遺伝子と Hox 遺伝子
- 1980年代初頭:ホメオボックスの発見→ホメオボックス遺伝子の発見
- すべての動物において体節がマスター制御遺伝子によって決定されていた
発生概念の変化
- 表現型を決めるのは遺伝子だけでなく受精卵内の細胞や栄養状況から外的な環境までさまざまなものが存在する
- 世代間で遺伝するのは遺伝子を含む生殖細胞系列にかぎらず、親子が同じような場所で生活し続ければ、環境は親から子へと受け継がれる
- 環境が発生過程に大きな影響を与えうるのであれば、発生過程にかかわるさまざまな環境を含めた発生システム全体(←全体論)の変化こそが進化である→発生と遺伝は不可分である(発生システム論)
- ウォディントン「自然選択の対象になるのは静的な表現型ではなく動的な過程である」→進化は「集団における遺伝子頻度の変化」ではなく「遺伝可能な発生システムの変化」である
- 進化発生学の発展は従来の進化研究の成果を無効にするわけではない!