はじめに
Twitter で次のツイートが話題になっていました。
この記事では「地頭など要らない」と主張するために、どのような手法で言語学オリンピックの問題を解いていくのかわかりやすく書いておきます。
言オリ、地頭があれば解けるかもしれないけどプロ達は地頭だけで解いてるわけではないっていうところも分かられていてほしい
— かる (@karngati) 2021年11月10日
前処理
まずは黙って頻度解析をし、簡単にわかる部分は色を塗ってしまいましょう。
ベナベナ語 | 和訳 |
---|---|
1. nohobe | 私が彼を殴っている |
2. kahalune | 私たちが君を(未来に)殴る |
3. nokoho’ibe | 私たち二人が君を殴っている |
4. nolenufu’inagihe | 私たち二人が君たちを刺しているから |
5. nolifi’ibe | 君たち二人が私たちを刺している |
6. nofunagihe | 私が彼を刺しているから |
7. nofine | 君が彼を刺している |
8. nifila’ibe | 君たち二人が私を(未来に)刺す |
9. nonahatagihe | 君が私を殴っているから |
10. lenahalube | 私が君たちを(未来に)殴る |
11. nahalanagihe | 君たちが私を(未来に)殴るから |
12. lahala’ibe | 君たち二人が私たちを(未来に)殴る |
13. nofutagihe | 私たちが彼を刺しているから |
14. lenifilu’ibe | 私たち二人が君たちを(未来に)刺す |
15. noho’inagihe | 私たち二人が彼を殴っているから |
これで前処理は終了です。
文末
しかし「から」に相当するのは本当に agihe なのでしょうか。もしかすると gihe なのかもしれませんし、あるいは nagihe/tagihe が何らかの要因によって使い分けられているのかもしれません。改めて、これらを含む部分を整理して抜き出してみましょう。
ベナベナ語 | 和訳 |
---|---|
4. nolenufu’inagihe | 私たち二人が君たちを刺しているから |
6. nofunagihe | 私が彼を刺しているから |
11. nahalanagihe | 君たちが私を(未来に)殴るから |
15. noho’inagihe | 私たち二人が彼を殴っているから |
9. nonahatagihe | 君が私を殴っているから |
13. nofutagihe | 私たちが彼を刺しているから |
ここで 6 と 13 に注目すると違っているのは主語だけなので、nagihe/tagihe の選択は主語に依存して決まるのだろうと判断できます。nagihe が使われているのは一人称の単数形および双数形と二人称の複数形であり、tagihe が使われているのは一人称の複数形と二人称の単数形です。
とすると、そもそもベナベナ語には「文末が主語に応じて変化する」という性質があるのではないでしょうか。残りの be/ne もそれぞれ抜き出してみましょう。
ベナベナ語 | 和訳 |
---|---|
1. nohobe | 私が彼を殴っている |
3. nokoho’ibe | 私たち二人が君を殴っている |
5. nolifi’ibe | 君たち二人が私たちを刺している |
8. nifila’ibe | 君たち二人が私を(未来に)刺す |
10. lenahalube | 私が君たちを(未来に)殴る |
12. lahala’ibe | 君たち二人が私たちを(未来に)殴る |
14. lenifilu’ibe | 私たち二人が君たちを(未来に)刺す |
2. kahalune | 私たちが君を(未来に)殴る |
7. nofine | 君が彼を刺している |
be が使われているのは一人称の単数形および双数形と二人称の双数形であり、ne が使われているのは一人称の複数形と二人称の単数形です……これは上の
nagihe が使われているのは一人称の単数形および双数形と二人称の複数形であり、tagihe が使われているのは一人称の複数形と二人称の単数形です。
と見事に対応しているように思えませんか? これらが一致していないと想定することは可能ですが、そんな複雑怪奇な文法体系を話すのは極めて大変なので不自然ですし、何よりもそう答えさせたいのであればもっとデータを作問者が与えるはずです(これはメタいですが競技なので仕方ない)。したがって、
主語 | 「…する」 | 「…から」 |
---|---|---|
一単双・二双複 | be | nagihe |
一複・二単 | ne | tagihe |
と整理されます。
動詞
周辺部が割と解明されたので、こういうときには対照実験的なペアを探しまくるのが鉄則です。
ベナベナ語 | 和訳 |
---|---|
1. nohobe | 私が彼を殴っている |
3. nokoho’ibe | 私たち二人が君を殴っている |
異常事態です。普通に考えれば、両者はそれぞれ一対一に対応する形態素を持つ文なはずなのに、明らかに 1 の方が少ないです。とすると、衝撃的ですが「彼を」は言語学的ゼロ ∅︎ なのであって、共通する ho は「殴る」なのです。このことを(いわば検定交雑的に!)利用してみましょう。
ベナベナ語 | 和訳 |
---|---|
1. nohobe | 私が彼を殴っている |
6. nofunagihe | 私が彼を刺しているから |
7. nofine | 君が彼を刺している |
13. nofutagihe | 私たちが彼を刺しているから |
15. noho’inagihe | 私たち二人が彼を殴っているから |
目的語が「彼を」で一致しているのに fi と fu が現れているということは、これも主語に応じて変化するということです。
- 「殴る」は主語が一人称の単数形および双数形のとき ho になる。
- 「刺す」は主語が一人称の単数形および複数形のとき fu になり、二人称の単数形のとき fi になる。
先ほどと同様に統一性を持たせるには、主語が一人称か二人称かで分岐が起きるのだと考えたくなります。他の文でも確認してみましょう。
ベナベナ語 | 和訳 |
---|---|
2. kahalune | 私たちが君を(未来に)殴る |
3. nokoho’ibe | 私たち二人が君を殴っている |
4. nolenufu’inagihe | 私たち二人が君たちを刺しているから |
5. nolifi’ibe | 君たち二人が私たちを刺している |
8. nifila’ibe | 君たち二人が私を(未来に)刺す |
9. nonahatagihe | 君が私を殴っているから |
10. lenahalube | 私が君たちを(未来に)殴る |
11. nahalanagihe | 君たちが私を(未来に)殴るから |
12. lahala’ibe | 君たち二人が私たちを(未来に)殴る |
14. lenifilu’ibe | 私たち二人が君たちを(未来に)刺す |
なんと 2, 10, 14 が反例になってしまいますが、よく見てみるとこれらは全て未来時制であることに気付きます。先ほどのデータは全て現在時制だったので気付かなかったのですが、正しくは次のようになるはずです。
主語 | 「殴る」 | 「刺す」 |
---|---|---|
一人称・現在 | ho | fu |
それ以外 | ha | fi |
次に未来時制を突き止めます。
ベナベナ語 | 和訳 |
---|---|
2. kahalune | 私たちが君を(未来に)殴る |
10. lenahalube | 私が君たちを(未来に)殴る |
14. lenifilu’ibe | 私たち二人が君たちを(未来に)刺す |
8. nifila’ibe | 君たち二人が私を(未来に)刺す |
11. nahalanagihe | 君たちが私を(未来に)殴るから |
12. lahala’ibe | 君たち二人が私たちを(未来に)殴る |
lu が使われているのは主語が一人称のときであり、la が使われているのは主語が二人称(の双数形および複数形)のときです。もちろんこのデータだけだと、それぞれ目的語が二人称、一人称のときに相当してしまうのですが、一般的に動詞にまつわる変化は主語に影響を受けるということを考えるとここも主語に応じて決まるのだと想定するのが尤もらしいでしょう。
目的語
ここまで来ると「たぶん主語は代名詞として存在するわけではないんだろうな」と勘づいてくるはずです。では目的語を決定することにしましょう。
ベナベナ語 | 目的語 |
---|---|
8. nifi | 私を |
9. naha | 私を |
11. naha | 私を |
5. lifi | 私たちを |
12. laha | 私たちを |
2. kaha | 君を |
3. koho | 君を |
4. lenufu | 君たちを |
10. lenaha | 君たちを |
14. lenifi | 君たちを |
どう考えても目的語の母音は動詞の母音と一致しています。
完成
以上をまとめるとベナベナ語の文は次のような順番で作られていることがわかります。ただし目的語が 3 人称単数の場合は ∅︎ になることが書かれていないので注意してください。
全部説明できていることを改めて確認しましょう。
ベナベナ語 | 和訳 |
---|---|
1. nohobe | 私が彼を殴っている |
2. kahalune | 私たちが君を(未来に)殴る |
3. nokoho’ibe | 私たち二人が君を殴っている |
4. nolenufu’inagihe | 私たち二人が君たちを刺しているから |
5. nolifi’ibe | 君たち二人が私たちを刺している |
6. nofunagihe | 私が彼を刺しているから |
7. nofine | 君が彼を刺している |
8. nifila’ibe | 君たち二人が私を(未来に)刺す |
9. nonahatagihe | 君が私を殴っているから |
10. lenahalube | 私が君たちを(未来に)殴る |
11. nahalanagihe | 君たちが私を(未来に)殴るから |
12. lahala’ibe | 君たち二人が私たちを(未来に)殴る |
13. nofutagihe | 私たちが彼を刺しているから |
14. lenifilu’ibe | 私たち二人が君たちを(未来に)刺す |
15. noho’inagihe | 私たち二人が彼を殴っているから |
この規則がわかっていれば翻訳作業は「やるだけ」なので、あとは手の運動をしてみてください。
余談
残念ながら、ここでの考察は実際は正しくないことが知られています。次の Young (1964) を参照してください。
しかし問題文で与えられたデータからここまでの考察をするのは不可能ですし、競技である以上は制限時間が存在することを考えると、やはり「例文が正しく説明できる」ことと「不自然な文法体系ではない」ことと「問題なく翻訳できる」ことの三点が達成されれば後は深追いせずに他の問題に取り掛かるしかないでしょう。