読書録:朝比奈誼『フランス語和訳の技法』

まあ当たり前の話ではあるものの、英文解釈の訓練を充分に積んでいれば、仏文解釈の本は基本的に「英仏間の違いを意識する」という作業だけになるのであって、具体的なテクニックについては「もうすでに聞いたよ」か「それは言語学の深い理論でより一般的な説明が与えられるよ」のいずれかになってしまうことが多い。

次に示すのは,辞書を参照するチャンスを得た学生たちが,意味不明な単語についてはそれぞれ十分に調べたつもりで練りあげた訳文である.仮に上の前提[原文を構成する単語の意味さえわかれば,文全体の意味も通じるはず]が正しいとしたら,誤訳のおそれはないことになるのだが,原文と対照して確かめてほしい.

2) Parfois, un souffle d’air vient tempérer la chaleur étouffante.
*「時折,微風が和らぐと,蒸し暑くなる」

3) O temps, suspends ton vol! …
*「ああその時 きみの飛躍はおわり…」

草。

6) Les grandes personnes ont, sur toutes choses, des idées toutes faites qui leur servent à parler sans réfléchir. Or les idées toutes faites sont généralement des idées mal faites. Elles ont été fabriquées il y a longtemps, on ne sait plus par qui: elles sont très usées, mais comme il y en a plusieurs, à propos de n’importe quoi, elles ont ceci de pratique qu’on peut en changer souvent.

……そこで,私は自分の関係する大学の大学院入試の際,共通外国語の和訳問題として出題してみたことがある……結果は想像もつかない不出来に終わった……「…前に」という意味の il y a … を知っている学生でも,il y a longtemps が分かるとはかぎらないし,核になる savoir や importer がいくら基本動詞だといっても,on ne sait plus par qui にしろ,n’importe quoi にしろ,そういうまとまりとして読む習慣のない学生の場合は,つまずきの種になっても不思議とはいえない.

こういう syntactic amalgam 的な言い回しって、英語でも見かけることは多いけど、フランス語だと結構頻繁に見かける気がする。なんかそういう話って有名なのかな。

Cette lettre, écrite de la main du roi, était assez longue. Elle la dévora d’abord, pour ainsi dire, d’un coup d’œil, puis elle la lut avidement avec une attention profonde, le sourcil froncé et serrant les lèvres.

(Musset: La Mouche)

This letter, written in the king’s own hand, was fairly long. She devoured it, so to speak, in the twinkling of an eye, then she read it, greedily with profound attention, her brows knit and her lips compressed.

(The beauty spot, in “French Short Stories ...”, Everyman’s Library)

英語は名詞の性を失っている分だけ情報が落ちているわけだが、この文は「情報が落ちることによって代名詞の照応が一意に定まる」現象の例になっている。

Sometimes it’s his face, but most generally it’s hers.

(The Adventure of the Cardboard Box)
Parfois c’est sa tête à lui, le plus souvent c’est sa tête à elle.
(Gilles Vauthiers 訳)

……見てのとおりフランス語の所有形容詞は「形容詞」であるため,被限定名詞 tête の性・数を示すが,英語の his,her とはちがって,「所有主」possesseur の性を示すことができない.上例は,このフランス語のいわば泣き所を暴露したものであるが,同時にこの種の窮地から脱出する方法をも教えている.つまり,波線部の「à + 代名詞強勢形」がそれだ.

ところで、フランス語は関係節内で多少の倒置が許されるわけだけど、だからこそ que/qui の使い分けがなかなか崩れないんじゃないのかな。英語だとそうじゃないから who/whom とかが崩れても問題なさそう。

やっぱり Le Bon Usage を読まないといけないな、という感想を毎日抱いています。