東京大学言語学研究室の大学院博士課程の専門科目問題の 2018-3 は、ニヴフ語の子音交替における ‘natural class’ problem を出題したものです。どのように解答すべきか迷う部分もあり、出題者の意図を上手く汲み取りきれていないかもしれませんが、以下に示すものは解答例の一つとしては成立するだろうと考えています。
間違いや不適切な点があれば、コメント欄やお問い合わせフォーム、Twitter の DM などでぜひご教示ください。
問題
次の設問 (a) (b) に答えなさい(語形の表記は IPA に拠る)。
(a) 例 1 から 9 は、言語 A における名詞と、それを後部要素とする複合語の対である。これらに見られる音韻の交替を観察して記述しなさい。さらにその交替を、弁別的素性 (distinctive feature) または自然類 (natural class) によって一般化しなさい。なお r̥ の ˳ は無声化を表す︎。
番号 | 名詞 | 複合語 |
---|---|---|
1. | tʰom「脂肪」 | cʰo r̥om「魚の脂肪」 |
2. | cʰo「魚」 | liɣi so「鮭」 |
3. | pɨɲx「スープ」 | cʰo vɨɲx「魚のスープ」 |
4. | kujva「指輪」 | toto ɣujva「銀の指輪」 |
5. | ciɣr̥ 「木」 | qoj ziɣr̥ 「カラマツ」 |
6. | cif「足跡」 | pʰɨtɨk zif「父の足跡」 |
7. | tɨf「家」 | galik rɨf*1「ガリク(人名)の家」 |
8. | pʰoqi「浮袋」 | mɨkɨk foqi「ウグイの浮袋」 |
9. | cʰŋir̥ 「草」 | kʰer̥q sŋir̥ 「海藻」 |
(b) 例 10 から 14 は、この言語における動詞と、その動詞で終わる動詞句である。これらに見られる音韻の交替を観察して記述し、その交替を弁別的素性 (distinctive feature) または自然類 (natural class) によって一般化しなさい。
番号 | 名詞 | 複合語 |
---|---|---|
10. | xu「殺す」 | cʰxɨf kʰu「熊を殺す」 |
11. | fi「住む」 | vo ɲaqr̥ pʰi「村に住む」 |
12. | r̥u「辿る」 | pʰɨtɨk zif tʰu「父の足跡を辿る」 |
13. | ra「飲む」 | cʰaχ ta「水を飲む」 |
14. | za「打つ」 | qan dʒa「犬を打つ」 |
(a)
例 1 から 9 までに現れる音は次の通りである。
子音 | 唇音 | 歯茎 | 硬口蓋 | 軟口蓋 | 口蓋垂 |
---|---|---|---|---|---|
無気破裂音 | p | t | c | k | q |
有気破裂音 | pʰ | tʰ | cʰ | kʰ | |
鼻音 | m | ɲ | ŋ | ||
無声ふるえ音 | r̥ | ||||
有声ふるえ音 | r | ||||
無声摩擦音 | f | s | x | ||
有声摩擦音 | v | z | ɣ | ||
接近音 | l | j |
母音 | 前舌 | 中舌 | 後舌 |
---|---|---|---|
狭 | i | ɨ | u |
中央 | e | o | |
広 | a |
例 1 から 9 までに見られる音韻の交替は、複合語の前部要素の末音と後部要素の頭子音を用いて次のように記述できる(ただし [cʰ] と [s] および [c] と [z] が例外的であることに注意せよ)。
tʰ- | cʰ- | p- | k- | c- | t- | pʰ- | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
-o | r̥- | v- | ɣ- | ||||
-i | s- | ||||||
-j | z- | ||||||
-k | z- | r- | f- | ||||
-q | s- |
この交替(摩擦音化)は [-継続性, α拡張声門性] → [+継続性, -拡張声門性, -α有声性] / [-粗擦性] + __ などと一般化できるが、
- 順行同化:[-継続性, α拡張声門性] → [+継続性, -拡張声門性, -α有声性] / [-子音性] + __
- 異化:[-継続性, α拡張声門性] → [+継続性, -拡張声門性, -α有声性] / [-継続性] + __
という二つの異なる音韻規則として一般化してもよい。
(b)
例 1 から 14 までに現れる音は次の通りである。
子音 | 唇音 | 歯茎 | 硬口蓋 | 軟口蓋 | 口蓋垂 |
---|---|---|---|---|---|
無気破裂音 | p | t | c dʒ | k | q |
有気破裂音 | pʰ | tʰ | cʰ | kʰ | |
鼻音 | m | n | ɲ | ŋ | |
無声ふるえ音 | r̥ | ||||
有声ふるえ音 | r | ||||
無声摩擦音 | f | s | x | χ | |
有声摩擦音 | v | z | ɣ | ||
接近音 | l | j |
母音 | 前舌 | 中舌 | 後舌 |
---|---|---|---|
狭 | i | ɨ | u |
中央 | e | o | |
広 | a |
例 10 から 14 までに見られる音韻の交替は、複合語の前部要素の末音と後部要素の頭子音を用いて次のように記述できる。
x- | f- | r̥- | r- | z- | |
---|---|---|---|---|---|
-f | kʰ- | tʰ- | |||
-r̥ | pʰ- | ||||
-χ | t- | ||||
-n | dʒ- |
例 14 の子音交替だけが例 5 と 6 での子音交替の逆にならないので、この交替(硬化または破裂音化)は
- 順行同化:[+継続性, α有声性] → [-継続性, +有声性, -α拡張声門性] / [+鼻音性] + __
- 異化:[+継続性, α有声性] → [-継続性, -有声性, -α拡張声門性] / [+継続性] + __
という二つの異なる音韻規則として一般化するのが自然である。
*1:解答者注:原文の rif は誤植である。