東大言語学 院試(博士)2022-4:形容詞のない言語

東京大学言語学研究室の大学院博士課程の専門科目問題の 2022-4 は、ある言語(言語名は今のところ特定できていません)に形容詞という語類を設定することの妥当性を論じさせる問題です。名詞や動詞が普遍的に認められる語類であるのに対し、形容詞が普遍的に認められるかどうかは言語類型論における論争の的となっています。たとえば、Croft (2000) では形容詞も普遍的に見られると論じていますが、加藤 (2008) ではポー・カレン語に形容詞という範疇が必要ないことを論じています。

間違いや不適切な点があれば、コメント欄やお問い合わせフォーム、Twitter の DM などでぜひご教示ください。

問題

以下の言語データを分析し、問題 (a) (b) (c) (d) に答えなさい。

番号 例文
(1) ngo pen. “This is a pen.”
(2) ngo ren pen. “This is not a pen.”
(3) ma bat. ____________________.
(4) ma ren bat. “She is not a child.”
(5) yon mau bat gou. “That child is smart.”
(6) yon mau bat gou gou. “That child is very smart.”
(7) yon mau bat hou gou. “That child is not smart.”
(8) ngo lek kit sak. “This book is heavy.”
(9) ngo lek kit sak sak. “This book is very heavy.”
(10) ngo lek kit hou sak. “This book is not heavy.”
(11) ma bil san lek kit. “She bought three books.”
(12) ma hou bil san lek kit. “She did not buy three books.”
(13) ma tig san mau bat. “She met three children.”
(14) ma hou tig san mau bat. “She did not meet three children.”
(15) ma bil lek lek pen. “She bought many pens.”
(16) ma tig mau mau bat. ____________________.
(17) ma tai tai ngo lek kit. “She read this book many times.”
(18) ma kai kai yon lek bal. “She kicked that wall many times.”

(a) (3) を日本語または英語に訳しなさい。

(b) (16) を日本語または英語に訳しなさい。

(c) この言語で “This child is not heavy.” をどう表現するか答えなさい。

(d) この言語に形容詞という語類を設定することの妥当性について論じなさい。

(a)

“She is a child.”

(b)

“She met many children.”

mau と lek はそれぞれ有生名詞と無生名詞の直前に置かれる類別詞であり、この言語では重複法によって「複数 (many)」や「反復 (many times)」や「強調 (very)」の意味が表される。

(c)

ngo mau bat hou sak.

(d)

与えられた言語データで “not” と訳される ren と hou はそれぞれ名詞と形容詞・動詞の否定に対応しており、形容詞として訳されている gou と sak は動詞として訳されている bil や tig などと形態統語的に同じ機能を果たしている(ただし “that” (yon), “this” (ngo), “three” (san) は形容詞ではなく類別詞の直前に置かれる限定詞である)。したがって、この言語では形容詞という語類を設定するのでも状態を表す動詞群を形容詞と呼ぶのでもなく、それらをすべて動詞に分類するのが妥当である。