多角形の自由度

数理哲人氏という方が学びエイドで「数理哲人の闘う数学【特別講座】戦後の東大」というマニアックな講座を開講なさっているのですが、そこで扱われていた次の問題がどうにも分からず一度挫折してしまいました。

1946年 帝大 工学部 第1問 同一平面上にある二個の $n$ 辺形が合同なる為には、辺及角の間に何個の関係があれば必要且充分なるか。

解説は次の通りでした。

一般に $n$ 角形を座標平面上でつくるには、各辺の長さと方向とを与えればよい。よって、各頂点の位置を決定するには、$2n$ 個の条件が与えられなければならない。

しかし、ここでは二つの $n$ 辺形が合同でありさえすればよい。($n$ 辺形 $\mathrm{ABC\cdots N}$) $\equiv$ ($n$ 辺形 $\mathrm{A'B'C'\cdots N'}$) となるためには、$\mathrm{A'}$ の位置と $\mathrm{A'B'}$ の方向は勝手に決めることができ、残りの $\mathrm{B', C', \dots, N'}$ の位置は勝手に決めることはできない。

したがって、$\mathrm{A'}$ の位置につき条件 $2$ つ分、$\mathrm{A'B'}$ の方向につき条件 $1$ つ分は不要となり、求める条件の数は $2n-3$ 個となる。

自分は初めてこれを聞いたとき何となく正しい気がするし上限が $2n-3$ 個であることはわかるけど、本当にすべての $n$ 辺形に $2n-3$ 個も必要なのか? 身も蓋もない話をすれば、たとえば正 $n$ 角形はすべて合同になるので $0$ 個が正解ですし、いやそもそも「関係」って一体何なんだ……どうにも狐につままれた感じがして、おそらく問題がそもそも不成立なのではないだろうかと考えあぐね、結局断念してしまったというわけです。先週は一旦この問題を「問題不成立」と切り捨てて進めることに成功し、結果としてはそれはそれで正しい判断だったことが証明されています。


とはいえども、そんなアホな問題を当時の東京帝国大学の教授が出すわけがないのは明らかなので、ついに今日とある方に相談したところ、ここでの「関係」とは現代的には「自由度」と言い換えられるべきものだという指摘を受けました。つまり本文は「 $n$ 角形の自由度」を求めさせる問題だということです。たしかに $n=3$ のとき自由度は $3$ で「三角形の自由度は $3$ である」というのは良く聞く標語です。

さらに次の論文を発見したところ全て解決済みの問題になっていました。

arxiv.org

というわけで、以下は自分なりに咀嚼した解決をメモしておきます。


まず $n$ 角形の自由度というのは、簡単に言えば「独立なパラメータの個数」ですが正確には「 $n$ 角形の “空間”」の「(一部の例外的な場所を除いて定義される generic な)次元」といえます。カッコ内の但し書きは先ほどの正 $n$ 角形のように退化している “特異点” を除外する必要があるからです(お気持ちなので引用符をつけましたが詳しくは後述します)。

そのために異なる $n$ 個の点の座標の組を $\mathbf{R}^{2n}$ 上、つまり物理でいう配位空間上で考えます。つまり本問は「図形として合同」という同値関係で割った空間の次元を求めさせているというわけです。図形としての合同は平行移動・回転・鏡映の三つから成っていますが、それは上の解説のように始点の位置と一つ目の辺の向きを固定すればよいです。すなわち、始点の位置を原点 $(0,0)$ で固定し平行移動を消し、一つ目の辺の向きを固定するために端点を $x$ 軸方向にとり $(x,0)$ とすることで回転と鏡映を消します。こうすれば $0$ で固定された座標はちょうど $3$ つなので次元も $3$ 減り $2n-3$ となるわけです。こうして $n$ 角形を $\mathbf{R}^{2n-3}$ の元として考えられます。

ここで $n$ 角形 $A_1\cdots A_n$ における「辺及角の間の関係」を次の2つだと考えます。

  1. 距離 $|A_iA_j|$
  2. 角 $\angle{A_iA_jA_k}$

そうすると Sard の定理より容易に次のような結果が従います。

Theorem 3.2. $2n-3$ 個未満の「辺及角の間の関係」で決定できた $n$ 角形を $\mathbf{R}^{2n-3}$ の元として集めた集合 $S$ は零集合である。

というわけで $2n-3$ 個で初めて決定できる $n$ 角形のみを考えればよいのが本問だったというわけです。なお、$n$ 角形が次の $2n-3$ 個の条件で構成されることも一応確認しておきます。

  • $n-1$ 個の距離 $|A_1A_2|,\dots,|A _ {n-1}A_n|$ と $n-2$ 個の角 $\angle{A_1A_2A_3},\dots,\angle{A _ {n-2}A_{n-1}A_n}$
  • $2n-3$ 個の距離 $|A_1A_2|,\dots,|A _ {n-1}A_n|$; $|A_1A_3|,\dots,|A _ {n-2}A_n|$

ちなみに、消えた $3$ つの変数を表す明示的な式は polygons - Degrees of freedom of a 2D shape - Mathematics Stack Exchange に次のようにあります。

辺と角の関係式 辺の長さを $a_1,\dots,a_n$ とし、辺と辺とがなす角を $\theta_{i,i+1}$ とすると $$a_1+\sum_{i=2}^{n}(-1)^{i-1}a_i\cos\left[\sum_{j=2}^i\theta_{j-1,j}\right]=0$$ $$\sum_{i=2}^{n}(-1)^ia_i\sin\left[\sum_{j=2}^i\theta_{j-1,j}\right]=0$$ $$\sum_{i=1}^n\theta_{i,i+1}=(n-2)\pi$$