ボーアの量子条件と修正万有引力の法則 (2018年 大阪大学 第3問 A)

面白い問題を見つけたのでメモしておきます. 余剰次元の導入に使えそうです.

水素原子の線スペクトルは, 電子と原子核 (陽子) の間に働く力に関する基礎的な情報を与える. この力の性質を詳しく調べるため, 以下では一つの水素原子内にある電子と原子核の間にはたらく力のみを考え, ボーアの仮説に従って, 電子が原子核の位置を中心とした円運動をすると考えよう. プランク定数を $h$, 電子の質量を $m$, 原子核の質量を $M$, 電子の電荷の大きさ (電気素量) を $e$, 真空中のクーロンの法則の比例定数を $k_0$, 万有引力定数を $G$ とする.

ボーアの量子条件とは, 電子が原子核を中心として半径 $r$ の円運動をしていると仮定した際に, 電子の軌道の一周の長さが電子のド・ブロイ波長の自然数倍であるという条件のことである. 速さ $v$ で運動している電子のド・ブロイ波長は $\lambda=\dfrac{h}{mv}$ で与えられる. 以下の問に答えよ.

問1 ボーアの量子条件から, 電子の速さ $v$ を, $h$, $m$, $r$, および自然数 $n$ を用いて表せ.

$n$ を自然数とする. ボーアの量子条件 $$2\pi r=n\lambda=n\cdot\dfrac{h}{mv}$$ より $$v=\boxed{\dfrac{1}{2\pi r}\dfrac{h}{m}n}.$$

問2 水素原子内で, 電子は原子核からクーロン力を受ける. 円運動の運動方程式とボーアの量子条件から, 電子の軌道半径 $r$ が定まる. 最小の軌道半径 (ボーア半径) を, $k_0$, $m$, $e$, $h$ を用いて表せ.

本来は電子と原子核の換算質量を用いるべきだが, 原子核は電子に比べ十分質量が大きいとした上で電子の運動方程式を $$m\dfrac{v ^ 2}{r}=k _ 0\dfrac{e ^ 2}{r ^ 2}$$ と書ける. 先のボーアの量子条件を用いて軌道半径は $$r_n=\dfrac{n ^ 2h ^ 2}{4\pi ^ 2 k _ 0 e ^ 2 m}$$ と表せ, このうち最小のものは $n=1$ の $$r_1=\boxed{\dfrac{h ^ 2}{4\pi ^ 2 k _ 0 e ^ 2 m}}.$$

問3 電子と水素原子核の間には, 万有引力も働いているはずである. ニュートンの万有引力とクーロン力の大きさの比 $s$ は, $s=\dfrac{GMm}{k_0 e ^ 2}$ と与えられる. クーロン力に加えてニュートンの万有引力も考慮したとき, 最小の軌道半径は, 万有引力を考慮しないときに比べて何倍になるか. $s$ を用いて表せ.

電子の運動方程式は $$\begin{aligned} m\dfrac{v ^ 2}{r} &= k _ 0\dfrac{e ^ 2}{r ^ 2}+G\dfrac{Mm}{r ^ 2}\\ &=(1+s)k _ 0\dfrac{e ^ 2}{r ^ 2} \end{aligned}$$ なのでニュートンの万有引力も考慮したときの最小の軌道半径は $$r _ {\text{G}1}=\boxed{\dfrac{1}{1+s}}\,r _ 1.$$ なお, これはわざわざ計算せずとも形式上 $k _ 0 \mapsto (1+s) k _ 0$ とみればよい.

実は, 物体間の距離がおよそ $0.1$ ミリメートルよりも短い場合には, ニュートンの万有引力の法則は実験的に確認されていない. そこで, 万有引力の法則に修正が必要な可能性を探ってみよう. 力の大きさ $F$ が式 $(1)$ のように距離 $r$ の $3$ 乗に反比例する仮想的な修正万有引力の法則を考える.

$$F=G'\frac{Mm}{r ^ 3}\tag{1}$$

力は常に引力であるとし, 修正万有引力定数 $G'$ は正であるとする. ただし, 問2のボーア半径において, 修正万有引力の大きさはクーロン力の大きさに比べて十分小さいものとする.

問4 このとき, ボーアの量子条件を用いて最小の軌道半径を求めると, 問2の結果に比べて $(1-\delta)$ 倍になった. 正の定数 $\delta$ を, $h$, $m$, $M$, $G'$, $k_0$, $e$ のうち必要なものを用いて表せ.

電子の運動方程式は $$m\dfrac{v ^ 2}{r} = k _ 0\dfrac{e ^ 2}{r ^ 2}+G'\dfrac{Mm}{r ^ 3}.$$ 少し計算して最小の軌道半径は $$r _ 1'=\left(1-\boxed{\frac{4\pi ^ 2 G'm ^ 2M}{h ^ 2}}\right)r _ 1.$$

問5 式 $(1)$ で表される修正万有引力の法則は, 通常のニュートンの万有引力の法則とは異なっている. (この違いは空間次元数の変化に対応していることが知られている.) そこで, ある距離 $R$ を境に, 長距離 $(r>R)$ では通常の万有引力の法則であるが, 近距離 $(r<R)$ では修正万有引力の法則 $(1)$ になっていると考えよう. これらの法則に矛盾がないためには, 距離 $r=R$ においてそれぞれの法則が同じ大きさの力を与える必要があるため, 次の式が成立するとしよう. $$G\frac{Mm}{R ^ 2}=G'\frac{Mm}{R ^ 3}$$ 例として $R=1\times 10^{-4}$ メートルと仮定する場合に, 問3で導入した $s$ の観測値が $s\fallingdotseq 4\times 10 ^ {-40}$ であることと, 問2の最小の軌道半径がおよそ $5\times 10 ^ {-11}$ メートルであることを用いて, 問4の $\delta$ の値を有効数字 $1$ 桁で求めよ.

関係式より $G'/G=R$ である. $$\delta=\frac{4\pi ^ 2 G'm ^ 2M}{h ^ 2}=\frac{Rs}{r _ 1}\fallingdotseq \boxed{8\times10 ^ {-34}}.$$