東大言語学 院試(博士)2018-4

東京大学言語学研究室の大学院博士課程の専門科目問題の 2018-4 は、ある膠着的な言語(言語名は今のところ特定できていません)において主語と目的語の接辞が付加された動詞の内部構造を分析させる問題です。

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問題

下に挙げる 2 つの表は、ある膠着的な言語における「見る」という動詞の過去形の活用表の一部である。この言語では主語と目的語それぞれに一致する接辞が動詞に付加される。この活用表のデータを分析して、設問 (a) (b) (c) に答えなさい。表の見方およびデータに関する説明は次の通りである。

  • 記号 “—” は、該当する語形が存在しないことを表す(解答に際してはこの空欄を無視してよい)。
  • 「S」の横一行には主語の人称と数を記載してある。“1”, “2”, “3”は人称を、“sg” は「単数」を、“pl” は「複数」を表す。
  • 「O」の縦一列には目的語の人称を記載してある。
  • wepta は「見る」という動詞の過去語幹である。

(a) 表のデータに現れる各々の接辞が何を表しているかを簡潔に説明しなさい。

(b) この言語の動詞がどのような内部構造を有するか(どの形態素がどの順序で現れるか)を、データから分かる範囲で記述しなさい。

(c) 上の (a) (b) の分析に基づいて、表には含まれていない bo-wepta-zo という語形の意味を推測して答えなさい。

O \ S 1sg 2sg 3sg
1sg wepta-zo-ma wepta-s-ti wepta-s
2sg wepta-rak-ma wepta-zo-ti wepta-rak
3sg wepta-ge-ma wepta-ge-ti wepta-ge
1pl wepta-sor-ti wepta-sor
2pl wepta-raŋa-ma wepta-raŋa
3pl wepta-gelo-ma wepta-gelo-ti wepta-gelo
O \ S 1pl 2pl 3pl
1sg bo-wepta-s-qos bo-wepta-s
2sg bo-wepta-rak-nos bo-wepta-rak
3sg bo-wepta-ge-nos bo-wepta-ge-qos bo-wepta-ge
1pl bo-wepta-zo-nos bo-wepta-sor-qos bo-wepta-sor
2pl bo-wepta-raŋa-nos bo-wepta-zo-qos bo-wepta-raŋa
3pl bo-wepta-gelo-nos bo-wepta-gelo-qos bo-wepta-gelo

(a)

接辞 意味・機能
bo- 複数の主語に一致する接頭辞
-ma 一人称単数の主語に一致する接尾辞
-ti 二人称単数の主語に一致する接尾辞
-nos 一人称複数の主語に一致する接尾辞
-qos 二人称複数の主語に一致する接尾辞
-zo 一人称または二人称の主語と目的語の人称・数が一致することを表す接尾辞
-s 一人称単数の目的語に一致する接尾辞
-rak 二人称単数の目的語に一致する接尾辞
-ge 三人称単数の目的語に一致する接尾辞
-sor 一人称複数の目的語に一致する接尾辞
-raŋa 二人称複数の目的語に一致する接尾辞
-gelo 三人称複数の目的語に一致する接尾辞

(b)

単数の主語に一致する接頭辞 “∅︎-” と三人称の主語に一致する接尾辞 “-∅︎” を想定すると、この言語の動詞は「主語の数-動詞語幹-目的語-主語」という内部構造を有していると考えることができる。

(c)

bo-wepta-zo という語形が存在するという事実によって、-zo は単に「一人称または二人称の主語と目的語の人称・数が一致すること」を表すだけの接尾辞ではなく、むしろ再帰接尾辞であると考えるべきである。したがって、bo-wepta-zo は「彼人が彼人自身を見た」という意味を表す。